8月が終わりかけていた。 氷河は少々疲れていた。 ここで『やりすぎ?』などと訊くのは愚問である。 氷河はもちろん、そんなことでは疲れない。 かといって、あまりの暑さに体力負けしたというわけでもなかった。 彼は、実は、今、とてつもない陰謀に巻き込まれていたのだ。 思い起こせば8月1日。 いつものように起床して、二人揃ってダイニングにやってきた氷河と瞬に、突然、紫龍が、 「そういえば、瞬。今日は『マージャンの日』なんだそうだ」 と声をかけてきたのが始まりだった。 「え?」 「麻雀牌のパイに、数字の81をかけた語呂合わせらしいんだが、瞬、おまえ知ってるか?」 瞬は、今日がマージャンの日だということも、マージャンそのものも知らなかったので、正直に、 「ううん、僕、知らないけど……」 と答えた。 で、その返答を受けた紫龍曰く、 「せっかくの記念日なんだから、4人でやってみないか? マージャンのルールくらい知っておかないと、この先色々苦労もあるだろう」 マージャンのルールなど知らなくても、人間は生きていける。 生きてはいけるのだが、瞬は、有名ではあるが彼自身は未知のそのゲームに並ならぬ興味を覚えたらしく、 「うんうん! やるやる! ルール教えて!」 と紫龍の誘いに乗り、その日は朝から、氷河・瞬・紫龍・星矢の面子でマージャン大会が開催されることになってしまったのである。 かくして、氷河は、ルールを覚えたてな上に、やたらと素直な手ばかり使う瞬のフォローのために、丸一日神経を緊張させ続ける羽目に陥った。別に何かを賭けてゲームに興じたわけではなかったのだが、ビリになってがっかりする瞬を、氷河は見たくなかったのである。 ビギナーズラックと、自分自身の勝負を捨てた氷河の気配り(?)の甲斐あって、その大会の優勝者は瞬ということになった。もちろん、ドンケツは氷河である。 「わーい、僕、勝っちゃった〜!!」 徹夜明けの氷河は、十数時間の苦労が報われた思いで、早朝の光の中、愛する瞬が欣喜雀躍する様を見詰めたのだった。 そして迎えた、8月2日。 この日の紫龍の午後の挨拶は(昨夜、徹夜でマージャンをしていたので、就寝したのは朝方だったのである)、 「そーいえば、瞬。今日は『博多人形の日』なんだそうだ」 だった。 瞬の答えは、 「あ、博多人形って、どれもすっごく綺麗だよね。僕も一個ほしいな。こう、子供が二人、一緒に遊んでるみたいな感じの可愛いお人形」 「…………」 氷河はもちろん、すぐに飛行機のチケットを用意した。 瞬の好みに合うような人形を捜して博多の町を走りまわり、やっと見付けてそれを購入した氷河が城戸邸に戻ってきた時、8月2日は既に8月3日になっていた。 だが、 「氷河、いつの間に買ってきてくれたの? ありがとう。わぁ、とっても可愛い♪」 という瞬の感謝の言葉が、氷河の日帰り旅行の疲れを癒してくれたのだった。 しかし、それ以後も、氷河の多忙は続いた。 次ページ以降、氷河の8月の苦難の羅列である。 |