「お前は…!」
「白鳥星座の氷河だ!」
氷河は氷の聖衣を纏い、木立の中から現れた。
美々しく気高い貴公子の姿が雪原の上に露になる。氷河は、目の前にいる黒いキグナスの聖衣の男と、その男のそばで
倒れる瞬の姿を見て、ふっと視線を伏せた。かと思うと、突如顔をあげ、凄まじい眼で黒いキグナスの男を睨めた。
「貴様俺のふりしてそいつに近付くとは随分やってくれるな。しかも突然現れて調教プレイか? え? 俺がただ瞬のそばで
なにげなく肩とか叩けるようになるまでどれだけかかったと思ってるんだ?! お前、そんな人の苦労を無視して言葉攻めか
ら入りやがって。…命がいくつあっても足りんぞ!」
「なっ…?!」
黒い男は突然の言葉に戸惑った。
「その聖衣、暗黒聖闘士か。一輝の命でのこのこ現れやがったな。だが、このキグナスの前に姿を見せたのが運のつき、そ
れでなくてもそこの男を傷付けた時点で、貴様、死んだぞ」
言うが早いか、氷河は電光石火の身のこなしで暗黒スワンとの間合いを詰めた。同時に暗黒スワンに眼で姿を追わせるよ
りも早く、本家本元のダイヤモンドダストを放つ。
「ぐはあ!」
魂も凍りつくキグナスの氷の拳を無防備に受けた暗黒スワンは悶絶した。
「貴様、許さんぞ」
胴への一撃で体をくの字に折りかけた暗黒スワンの顎へ、氷河は容赦なく第二の攻撃を、しかも、膝での一撃を力の限り
喰らわせる。暗黒スワンが宙に舞い、すさまじい音を立てて銀世界へ倒れこんだ。
「このままなぶり殺しにしたいところだが、お前に時間をかけている暇もない。このまま一思いに葬ってやる」
氷河は、うつぶせに倒れおそらくは意識を朦朧とさせながら起き上がろうとする暗黒スワンに対し、微塵も容赦なく拳を構えた。
その瞬間、氷河の背後に、複数の鎖が飛来した。反射的に氷河は飛びのく。凄まじい音を立てて大地を割ったその鎖もまた、や
はり深い闇の色、暗黒聖闘士のものだった。
暗黒アンドロメダか!
氷河が鎖の放たれた位置に眼を向けると、そこには三人の暗黒聖闘士がそろいぶみだった。氷河が眼を離した隙に、暗黒スワ
ンが跳躍する。彼は弧を描き、暗黒聖闘士の列に加わった。
「暗黒スワンよ。いつまで遊んでいる。一輝様がお待ちかねだ」
冷たいほどの冷静な声でそう言うのは、黒いドラゴン。暗黒ドラゴンだった。
氷河が霧の奥の暗黒聖闘士4人の姿に眼を向けると、四人の暗黒聖闘士は、スワン、アンドロメダ、ドラゴンのほかに、ペガサス
の姿も認識できた。
「あ、あいつらは……」
ようやく体を動かせるようになった瞬が起き上がり、四人の姿を見る。
「我等暗黒四天王。お前達と黄金聖衣をかけて戦う!」
ハハハハハ、と、不気味な笑い声があたりに響いた。その笑い声はやがて、スパイラルのごとく上昇し、氷河と瞬、二人の元から消
えて行った。
暗黒四天王から庇うように瞬を背後にしていた氷河は、彼らの危険が去ったと知ると重体の瞬を振り返った。
「瞬! 瞬! 大丈夫か!」
「氷河…」
瞬は氷河に助け起こされると、その腕の中で瞳に涙を溢れさせた。
「ありがとう…、来て、くれたんだ…。ごめん、暗黒スワンが、きみだと思って、不覚を取った…」
「ああ、卑怯なやつだ。俺が必ず殺してやる」
「氷河…」
「さあ、今日は引き上げよう。お前の体が心配だ…」
「氷河……、嬉しい……!」
氷河は軽々と瞬を抱き上げ、大事に抱いて連れ帰って行った。