「だいたい、瞬は発育不良なんだ!」 その夜、ラウンジのドアを開けようとした瞬の耳に突然飛び込んできたのは、氷河の怒声だった──それも、かなり苛立っている。 瞬は、その剣幕に驚いて、ドアノブに掛けていた手を止めた。 「んなこと言ったって、仕方ないじゃん。アンドロメダ島って、絶海の孤島なんだろ? 社会の情報から隔絶されたところで何年も暮らしてきた瞬に、一般的な成長を求めるのは酷ってもんだぜー」 「そうだな。まあ、絶海の孤島というなら、デスクィーン島もそうだったようだが、おまえ、瞬に一輝みたいになっていてほしかったのか」 扉の向こうでは、星矢と紫龍が、興奮気味の氷河をなだめている。 否、“なだめている”というより、それは、“諭している” もしくは “やり込めている” と言った方が正しかったかもしれない。 「ぐ……」 紫龍の持ち出したたとえ話に、氷河は言葉を詰まらせた。 もっとも、氷河の憤りは、そんなたとえ話ごときで静まる程度のものではなかったらしい。 「だいいち、瞬が発育不良だって、誰にも迷惑はかけてないんだし」 星矢のとりなしに、 「俺が迷惑している! 傍迷惑もいいところだ! 今時、幼稚園児だって、瞬よりはずっとオトナだぞ!」 氷河は、再び怒声を響かせた。 (僕が発育不良……?) 扉の向こう側での仲間たちのやりとりは、全く寝耳に水のことで、瞬は大きな衝撃を受けた。 瞬はそれまで、自分の発育が人に劣っているかもしれないなどということに考えを及ばせたことがなかったのである。ただの一度も。 故に、瞬は、自分のどこが発育不良なのかがわからなかった。 身長は平均、それに比して体重は少なすぎ、確かに自分のそれは優れた体格ではない。 これまでに対峙した敵たちにも、散々その細腕を馬鹿にされてはきた。 しかし、それは、あくまでも、格闘技を商売としている聖闘士としての話で、一個の人間としてみたら、自分は歳相応の発育を遂げている──と、瞬は思っていたのである。 だが、氷河ははっきり『迷惑』と断言している。 もしかしたら、自分は、自分でも気付かないところで仲間たちに迷惑をかけていたのかもしれない──。 発育不良の事実(?)よりも、仲間たちに迷惑をかけていることに気付かずにいた自分自身の迂闊さの方が、瞬にはショックだった。 瞬は、仲間たちのいるラウンジに入ることをやめ、ふらふらと覚束ない足取りで自室に戻った。 そして、そのままベッドに突っ伏す。 自分がこれまでずっと仲間たちに迷惑をかけていたのだとして、なぜ彼等は、その事実を瞬に告げ、忠告してくれなかったのだろう。 それが仲間たちの思い遣りだったのだとしたら、その思い遣りが、瞬は悲しかった。 だが、いったい自分は──自分のどこが──幼稚園児にも劣るほどにコドモなのだろう? 瞬は、これまで仲間たちを過ごしてきた長い時間の記憶を、必死に辿ってみた。 苦しい修行を終えて懐かしい仲間たちと再会し、それから、たくさんの辛い闘いを経験してきたが、それでも仲間たちに支えられ、瞬はこれまで聖闘士として存在し続けることができていた。 瞬は、彼等が好きだった。 その仲間たちに迷惑はかけたくない。 しかし、瞬には、自分の発育不良な部分がどこなのかが、どうしてもわからなかった。 いくら考えてもわからないことは、自分ひとりで思い悩んでいても堂々巡りを繰り返すだけである。 瞬は突っ伏していたベッドから起き上がった。 |