「氷河……」

氷河は、ベランダに続くガラス張りの扉を開け放ち、そこに置かれた椅子に不機嫌そうに腰掛けて、空を睨んでいた──らしい。
氷河の部屋の空気の冷たさに身震いした訪問者を見て、彼は、冬の夜気に向かって開け放っていたドアを閉じた。
瞬は、それだけで室温が3、4度は上がったような気がした。

「何か用か?」
ぶっきらぼうではあったが、瞬が覚悟していたものよりはずっと穏やかな口調で、氷河が尋ねてくる。
自身の憤りを隠して、彼が無理にそう言ってくれていることを、今では知っている瞬は、いたたまれない気持ちになって、僅かに顔を伏せた。

「あの、僕、氷河に相談が……ううん、謝りたいことがあって」
「謝りたいこと? おまえが、俺にか」
「うん」
「いったい、おまえが俺に何をしたというんだ」

氷河の青い瞳とその眼差しが、瞬に向けられる。
瞬はこれまでずっと、その眼差しが、自分には特に優しい色をたたえて向けられているように感じていた。
それだけに一層、瞬は、今はその瞳の青さが辛かった。
一瞬、気後れし、それから、意を決して口を開く。
「僕、みんなに迷惑かけてる……んでしょ。その……発育不良で──」

「なに?」
「今日、ラウンジで、氷河たちが話してるの聞いて──」
「あれを、聞いていたのか !? 」

たとえ装ったものだったにしても穏やかだった氷河の口調が、ふいに瞬を責めるようなそれに変わる。
瞬は、びくりと身体を震わせた。

「た……立ち聞きなんかするつもりじゃなかったんだ。でも、氷河がすごい剣幕で怒ってて……大声で怒鳴ってたから、聞こえてきちゃって」
「…………」
氷河が、探るような視線を瞬の上に注いでくる。
その視線の先で、瞬は自分がひどく萎縮していく感覚に捕われていた。

「あの……僕、どこがいけない……のかな」
気力を振り絞るようにして、氷河に尋ねる。

そんな瞬を凝視していた氷河の視線が、やがて和らぎ、彼は小さく嘆息した。
「最初から全部聞いていたわけじゃないんだな」
「え?」
「あ、いや」
氷河はなぜか安堵したような様子を漂わせていた。
肩から力を抜いて、氷河が瞬に言う。

「まあ、しかし、おまえが多少発育不良でも、誰に迷惑がかかるわけでもないんだし、人の成長には個体差ってものがあるんだ。おまえもそのうちに人並みになるさ」
「…………」

それが氷河の優しさ──憤りを隠した優しさ──なのなら、それこそが瞬には最も辛いものだった。
そんな型通りの慰めを求めて、瞬はここに来たわけではないのだ。

「氷河に迷惑かけてるんでしょ」
「なに?」
「氷河、そう言ってた」
「ああ、いや、あれは──」
「僕、氷河に迷惑かけたくない。自分でどうにかなるものならどうにかしたいし、最悪の場合には、病院に行くとか──その、発育を促す薬とかが……あるんじゃないかと思うんだ」

自分が自分の至らないところを改善したいと本気で思っていることを、瞬は氷河にわかってほしかった。
氷河に迷惑をかけ、彼に偽りの厚意を向けられていることに、瞬は耐えられなかった。
「あの、でも、ごめんなさい。僕、自分では、どこがいけないのかがわからなくて、それで氷河に教えてほしくて……」

「…………」
罪悪感に打ちひしがれている瞬を、氷河はしばらく無言で見詰めていた。
ややあってから、ぽつりと呟くように言う。
「そんなふうなところが迷惑なんだ」
「え?」
「いや、何でもない」

氷河の呟きを訝って顔をあげた瞬に、氷河は首を横に振ってみせた。
「病院に行くほどじゃない。俺は気にしてないから、おまえも気にするな。おそらく、おまえの発育不良は時間が解決してくれる──はずだ」
「でも、僕、これまでみんなに迷惑かけてきたんでしょう? 今のままでいたら、もっと迷惑かけることになるかもしれないでしょう? 僕、そんなの嫌だ」
「…………」

「せめて、僕のどこが発育不良なのか教えて……!」
瞬は眉根を寄せ、決死の思いで氷河に訴えた。





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