[四]






「あの男、罪喰いのおまえと交わって、なぜ平気でいられるんだ !? 」

その夜、罪喰いの儀式を求めて神殿にやってきたのは、下卑た目つきをした30過ぎの男だった。
瞬が罪喰いの儀式の開始を知らせる口上を声にするのを待たずに、彼は彼の用件に入った。

「……!」
瞬は、罪喰いの無表情を、ぎりぎりのところで保つことができた。
否、瞬は、その時、思いがけない男の言葉に混乱して、すぐに反応できなかっただけだったのかもしれない。

衝撃からやっと立ち直りかけた瞬の中に、最初に浮かんできた思考らしい思考は、『氷河を汚すな』という、その男への命令だった。
彼の下卑た目に映るだけで、氷河が汚れるような錯覚を覚える。
そんな男に二人でいる場面を見られてしまったのである。
瞬は、大切な聖域を汚されたような気がした。

だが、その男に氷河との行為を盗み見られたことは、ある意味では、当然のことだったかのかもしれない。
「俺だってずっと、おまえをああしてみたいと思ってたんだぞ」

瞬は、この神殿で、これまでに何度も、彼に喰わされていたのだ。
彼が心の内で、互いに不犯であるべき罪喰いを犯し汚した罪を。
彼はいつも、まるで瞬の反応を窺うような目をして、自分の妄想を嬉々として瞬に語った。
彼が、罪喰いの後をつけまわしていることも、瞬は、当人の口から知らされていた。

だが、彼は、決して瞬に触れようとはしなかった。
彼は、自分が罪で汚れることを恐れていたのだ。

「罪喰いに対して質問は許されません。罪喰いは答えるわけにはいきませんから。あなたは、あなたの罪を僕に負わせればいいんです」
瞬は、何を言われようと、無感動でいなければならなかった。
感情を持たない石のように、罪喰いのあるべき姿を保ってさえいれば、彼は瞬に何もすることはできないのだ。

瞬が取り乱すことを彼は期待していたのだろう。
瞬の無反応は、彼には意外だったらしい。
瞬の硬い手応えに居直った強盗のような口調で、彼は、瞬の前に、彼の罪を吐き出し始めた。

「昼間、おまえがあの毛唐と乳繰り合っているのを見て、俺のがおっ立ってきやがって、そりゃあ大変だったさ。家に帰ってから、おまえの中に突っ込んでるところを妄想して、家の壁に7、8回は飛ばしてやったぞ。おまえは淫乱で、その口で嬉しそうに俺の一物をしゃぶって、くれくれとうるさいから、くれてやったら、ひいひい喘いで──」

「…………」
無表情でいなければならない──と、瞬は必死に自分に言いきかせていた。
これまではそうしていられたではないか、と。

だが、その行為が未知のものだった頃になら、それを浅ましいただの妄想として聞き流してもいられたろうが、今の瞬にはそれは、既に未知のものではなくなっていた。
そして、それは、瞬にとって、快く暖かく優しく、自分が生きているという実感を感じさせてくれる 美しい行為でさえあった。

瞬は、この野卑な男の語る罪と、自分と氷河との交合を、同じ行為だとは思いたくなかった。
事実、思えなかったのである。
彼の口が語る彼自身の行為と、瞬が氷河の腕の中で感じる法悦にも似た幸福の感覚との間に接点を探してみても、その二つは決して結びつかない。
瞬の中ではただ、粘りつくような視線を罪喰いに絡ませて、下卑た口調で己れの罪を語る男への嫌悪感が募るばかりだった。





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