「浮かぬ顔だな」
ラウンジの肘掛け椅子に 思案顔で身を沈めている氷河に、紫龍が声をかけてくる。
ほとんど全身から力を抜き、心ここにあらずのていで椅子に身体を支えられるように、氷河はそこにいたのだ。
仲間の声で我にかえった氷河が、少しだけ意識と力を取り戻し、それでもまだ自分自身を取り戻しきれていない様子で、改めて椅子の背もたれに身体を預ける。

「どうやら俺は瞬に振られたらしい」
「なんで?」
紫龍の横にいた星矢が、心底から不思議そうに――氷河よりも不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「嘘だろう?」
それは紫龍も同様だった。
互いの気持ちを知っているくせに、いつまでも具体的な行動に出ない二人を、星矢と紫龍はこれまでずっと 半ば焦れるような思いで見守っていた。
互いにわかっているはずなのに どうしてそうしていられるのかと怪訝に思うことはあったが、二人がうまく“まとまらない”ことなど、星矢たちは考えたこともなかったのだ。

「遅すぎたと言われた」
「遅すぎた?」
訳のわからない拒絶の仕方だと思いつつ、紫龍と星矢が顔を見合わせる。
それから、やはり納得しきれていない表情で、星矢は肩をすくめ 氷河に向き直った。
「まあ、おまえの煮え切らなさに瞬が焦れるのはわかるけど、遅すぎたってどういうことだよ」
「おまえがなかなか行動に出ないから、瞬は他の誰かにすがったのではないか?」
紫龍の推察に、星矢は、それこそありえない という顔になった。

「瞬が? まさか」
「だが、では、それ以外のどういう時に使う言葉なんだ。『遅すぎた』とは」
改めて問われると、星矢にも紫龍の推察と違う可能性を見付けることはできなかった。
しかし、それでも、瞬に限ってそんなことはありえないという気持ちの方が、星矢の中では強かったのである。
だいいち、瞬がすがった氷河以外の誰かというのは誰なのか。
言葉にはせずに眉をひそめることで、星矢はそれを紫龍に問うたのだが、紫龍とて そんなことがわかるはずもない。
両肩を大仰にすぼめることで、紫龍は星矢に答えを返してきた。

そんなやりとりを交わす二人の仲間を、氷河が無言で見詰める。
氷河の瞳の視点は、だが、二人の仲間たちのはるか彼方にいる、見知らぬ誰かの上で結ばれていた。





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