そんなことはありえない――。 そう思いながら 氷河が、星矢と紫龍の推察を完全に退けてしまえなかったのは、瞬の言葉から導きだせる答えが他に思いつかないからだった。 だとしたら、氷河は、これまでのように悠長に構えてはいられなかった。 星矢と紫龍の推察が万が一にも的を射たものであったなら、氷河はその人物から瞬を奪い返さなければならなかったのだ。 「俺は……誰かに先んじられたのか?」 その日、氷河は、既にそれが常態であるかのように 彼の視線を避け続けるようになってしまった瞬の部屋を訪れ、険しい目をして瞬に問うたのである。 まるで室内に間男でも隠しているかのように、瞬は彼を室内に招じ入れることさえしてくれず、それが氷河の苛立ちを いや増しにした。 「そうなのか?」 「……」 瞬は何も答えない。 否定されないことを肯定と受け取って、氷河は、冷淡ともとれる口調で瞬に断言した。 「俺のものだぞ、おまえは」 そんなわかりきったことを、なぜこんな冷めた口調で言わなければならないのか。 氷河には、この現実が苛立たしくてならなかった。 だが、とにかく今は、一刻も早く その言葉を事実にしてしまわなければならない。 氷河は、彼を室内に入れようともしない瞬の身体を、その場で強く抱きすくめた。 いっそこのまま、いつ誰が通りかかるかもしれないこの場所で瞬を犯してやろうかと思うほど、氷河は気が立っていた。 「いや……いやだっ」 瞬が、素振りではなく本気で、氷河の胸を押しのけようとする。 場所が場所で、時はまだ昼下がりである。 冷静に考えれば、瞬の拒絶は当然のことだったのだが、今の氷河はそれを“当然”と思うことすらできなかった。 好きな相手の腕を拒む瞬を、氷河はほとんど憎悪に似た感情を帯びた目で睨みつけた。 「誰だ。おまえは、俺以外の誰を俺の代わりにした」 「氷河……何を言って――」 これでは、毎夜“瞬”を抱きしめている“彼”の方がずっと優しい。 抑揚のない氷河の声と、氷のような色をした氷河の瞳に責められて、瞬はそう思ったのである。 逃げなければならないと思うのに、氷河の目に射すくめられて手足を動かすことができない。 実際、瞬は、氷河の強い視線にさらされることで、身体が凍りついてしまっていた。 この氷河より強い情念を持つ人間など――神ですら――いるだろうか。 この氷河を支配できるような人間が、この世に存在するだろうか。 そんなものが存在するとは、瞬には思えなかった。 氷河の視線に耐えることが不可能になり、その場に崩れ落ちそうになった瞬の意識の中で、ふいに“彼”の声が響いてくる。 『おまえは、本当はわかっているのではないのか』 ――知らない。わからない。そんなものがいるはずがない。 響いてくる声に逆らい 叫んでしまいそうになった瞬を かろうじて止めてくれたのは、ちょうどその場にやってきた星矢だった。 「おまえら、何やってんだ?」 仲間の声に、さすがにたじろいだ氷河が、瞬に向けていた刺すような視線を僅かに横に逸らす。 それでも 身じろぎがならぬまま、瞬は自らの虚ろな瞳に氷河の姿を映した状態で――星矢を見ずに――彼に尋ねたのである。 「星矢……。氷河より強い――氷河に勝てる人……って言われたら、星矢は誰を思い浮かべる?」 「氷河に勝てる――って、そりゃ、なんたって おまえだろ」 何を今更、当の本人がそんなわかりきったことを余人に訊いてくるのかと言わんばかりの呆れた口調で、星矢はその答えを瞬に返してきた。 途端に、瞬の意識は途切れたのである。 それは確かに今更他人に問うことではなかった。 最初から瞬は知っていた――わかっていた。 氷河を操り、氷河の心を支配して、“氷河”に“瞬”を抱かせたのは“瞬”自身だった。 浅ましい欲望を知られたくなかったら氷河には沈黙を守れと、瞬を脅していたのは“瞬”自身だったのだ――。 他に、 それはわかりきったことだった。 |