「ひどいと思わないか? 君はこうして、好きでもない男の慰みものになっているというのに、人間たちは皆、地上の危機が過ぎ去ったことに歓喜している」 

片手で縊り殺すことも簡単にできるほど細い瞬の首に、アベルは指を這わせた。
瞬は、今では、アベルの手に触れられるくらいのことでは、全身を硬直させるようなことはなくなっていた。

初めての夜を過ごした翌日、再びアベルの寝室に呼ばれた時の瞬は、ほとんど死を覚悟した人間のように悲壮な目をしていたのだが。

震えることもできないほどに身体を堅くした哀れな犠牲者を、その夜、アベルは殊更優しく愛撫してやった。
暴力に怯える瞬の身体はいつまでも頑なだったが、根気よく丹念に愛し続けていると、瞬の身体を覆っていた鉄の鎧は少しずつ消えていき、ある一点を越えたところで、それは、まるで花が咲きこぼれるように甘い香りを放ち始めた。

小さく微かな、淡い吐息。
瞬は、自身の変化に気付くと、途端に、アベルの腕の中から逃げ出そうとした。
それを引き止めて、更にその香りの元を愛撫する。

瞬の持つ甘いそれは、匂いのようで、感触のようで、小宇宙のようでもあった。
人間に比べれば絶対的な力を持つ神をも包み、汲めども尽きぬ泉のように、それはあふれてくる。

瞬の意思には反しているのだろう。

ともかく、瞬のその変化はアベルを感嘆させた。
そして、アベルは知った。

瞬の身体は、優しくされるように出来ているのだ。
優しく愛してやれば、いくらでも芳香を放ち続ける。

瞬の身体は、優しく愛してくれる者を拒絶できないようにできていた。








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