第四章 変節




人質は全人類。
瞬が逃げ出すことはない。

それは、アベルも承知していた。
自分がそれを許さない限り、瞬が太陽神に縛られたままでいるということは。

だが、そんなことに何の意味があるのかとも、アベルは思い始めていたのである。

最初は、小生意気な子供に神の力を見せつけ、その身体と心とを神の意のままに変えるゲームを楽しむつもりでいた。

無知な子供らしい綺麗な理想を打ち砕き、希望を奪い、瞬の中にあるはずの醜いものをその眼前にさらけ出して、人間の存在が無価値・害悪だと認めさせる。
その上で、アベルは人間界を滅ぼさないという約束を、瞬に破棄させるつもりでいた。
そうなるだろうと思っていた。


だが、瞬の心を汚す以前に、アベルは瞬の心を掴めずにいた。

その感触は、身体と同じように優しい。

今では、瞬は太陽神に怯えの感情は見せない。
今では、アベルは、自分が瞬に哀れまれていることすら心地良かった。

弱みをさらすことで、瞬の心を捉えられるのなら、それでも構わないとさえ思っていた。


だが、瞬の心を自分以外の何者かが占めていることは許せない。
神以上に、瞬の心を惹きつけるものがこの世に存在してはならない。

それは、許せることではなかった。








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