「瞬が寂しがっているようなので、昔の仲間たちを呼んで驚かせてやろうと思ったのだが……。今朝、君たちのことを匂わせてみたら、瞬は昔の仲間には会いたくないと言うものでね。私も瞬に無理強いはしたくない」

ことさらに『昔の』という言葉を強調して、アベルは、にわかに思いついたその場しのぎを口にした。

この神殿に無理に瞬をとどめ置いているのではないと匂わせる太陽神の言葉など、だが、最初から氷河は信じるつもりがない。
「会いたくない? 瞬が俺たちに?」

「わざわざ来てもらったのに申し訳ないが、できれば、今日はこのまま帰ってもらえないだろうか。君たちも知っていると思うが、あの子は繊細にできているのでね。できるだけ、そっとしておいてやりたいのだ」

人間とその世界とを消し去ろうとした神の親切ごかしになど、氷河は耳を傾ける気にもならなかった。
「貴様の言うことなど信じられるか。瞬に会わせろ」
「瞬は──長い戦いのせいで傷付いているんだ 今は、私の許で、それを癒している。無用な刺激を与えることは控えてもらおう」
「それなら、俺たちの側で癒せばいい。瞬はこれまでずっとそうしてきたんだ」

「君たちのような非力で未熟な人間たちに、瞬の心の傷を癒すなど無理な話だ。瞬に癒されてきたのは、君の方ではないのか? 瞬が君たちを必要としているのではなく、君たちが瞬を必要としているだけのように私には見受けられるが。……瞬には安息の場が必要だ」

「……!」

氷河は、反駁の言葉に窮した。
アベルの言を即座に否定するだけの自信を、氷河は持っていなかったのである。

瞬を必要としているのは自分で、瞬が自分たちを必要としてくれているのかどうかを、氷河は知らなかった。
瞬は仲間たちがそれぞれの場所に戻っていく時に彼等を引き止めることはなかったし、いつもひとりで仲間たちの帰りを待っていてくれた。
寂しいと愚痴を零すこともなければ、仲間たちを責めることもない。
望んだ時に、瞬はいつもそこにいて、仲間たちを迎え入れてくれた。

どうしようもない怒りに支配された時、やるせない孤独感に捕まってしまった時、泣きたくても泣けない時、いつもそれらの感情を瞬が静めてくれた。
だが、同様のことを瞬が仲間たちに求めたことは、一度としてなかった――のだ。


一輝になら、求めたことがあったのだろうか──と思う。
しかし、氷河はすぐに首を横に振った。
闘うことで道を切り開こうとするばかりの瞬の兄に、瞬を心底から得心させることはできはすまい。


確かに、瞬は、これまで誰かに癒されたことはなかっただろう。
しいて言うなら、仲間たちを慰めることで、瞬自身も慰められていた──程度の慰撫をしか、瞬は手に入れたことはなかったに違いない。


「もし瞬が──」

口を閉ざさざるを得なくなってしまった氷河を、僅かに苦渋の色の混じった目で見やってから、アテナが兄神に視線を据える。

「瞬が本当にそれを望んでいるのなら、私たちは無理に瞬を連れて帰ろうとは思いません。ですが、瞬が生きていて、あなたに強要されてここにとどまっているのではないことを確かめるまでは、私たちはあなたの言葉をそのまま信じることはできません。瞬に会わせてください」

「……いいだろう」

アテナの落ち着いた物言いに頷いてみせてから、まるですべての人間を蔑むような視線を、アベルは氷河に投げた。








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