「氷河に会いたい……。でも、会えない」

長い間を置いてから、ぼつりと――本当にぽつりと、瞬は呟いた。

「なぜだ」
「…………」

「おまえは彼の気持ちを知っていて、おまえも彼を好きだった。何故、さっさと受け入れてしまわなかった」
「…………」

「人間の作った人倫とやらに反しているとでも思ったのか。それとも、おまえのことだから、自分が汚れるとか、彼が汚れるとか、そんなことを考えたのか」

そんなことを考えて、自分は氷河を避けていたのだったろうか――?
アベルに穏やかな口調で責められて、瞬は幾度か瞬きを繰り返し、そして、その睫を伏せた。

「そんなことをしているから、こうして私に奪われる。愚かなことだとは思わないか」

氷河の青い瞳の色を思い浮かべ、あの瞳の前ではそんなことを考えることすらできずにいた自分を思い出す。


「……恐かったから」
「なに?」
「恐かったから」

理由は――ただ、それだけだった。
ただそれだけのことだったのだと思った途端に、瞬の瞳から一粒、涙の雫がこぼれ落ちる。

「何が──恐かったというんだ」
「わからない……。今はもう……何を恐がっていたのかも、思い出せない……」

愛されること、愛すること、未知のものへの不安、氷河に求められること、自分が氷河を求めていること。
いったい自分が何を恐れていたのかを、瞬は思い出すことができなかった。 


「おまえは、その恐れを振り払うことができなくて、キグナスもそのために何もしてくれなかった――わけだ」

氷河を怠惰な人間のように言われ、アベルの認識を正すために、瞬は左右に首を振った。


「氷河は、僕を避けてくれた。僕を、待っていてくれようとした。氷河は優しいの。でも、僕は臆病だった。氷河は――優しいんだよ」

「何もかもいけないことだと思ってた。僕が氷河を好きでいることも、闘いが続く中でそんな気持ちに迷ってることも、氷河が……僕にしようとしてることも、僕がそれを受け入れてしまいそうなことも──。僕があんまり臆病だったから……」

「何もかも、僕がいけなかったの。氷河は優しいの……」


もう取り返しのつかない時間を、瞬が辛そうに言い募る。
後悔の言葉は苦いが、しかし、瞬のそれは、どこかに優しい甘さを含んでいた。


「…………」

言えと、瞬に言ったのは彼自身だったのに、アベルは瞬の言葉がひどく不快だった。

瞬がそんなことを言うのは、今、瞬をその手にしている男が瞬を愛していることを、瞬が知らないからである。

自分は気紛れに選ばれた太陽神の玩具に過ぎない――と思っているからに違いなかった。
玩具に心は必要ではなく、その所有者は、愛ではなく所有欲から玩具を所有している。

そう思われているのだ。

そして、瞬は、たまたま同じ工房で作られたというだけで、その仲間を、自分と同等のものとして懐かしんでいる――。



(なるほど……。これが嫉妬というものか……)

氷河を嘲笑ってはいられない。
アベルも、自らの妬心の前では、冷静ではいられなかった。








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