俺の仕事は終わったんだから、本当は今日は俺が行く必要はない。
いつもなら、それがどんな大きな仕事だったとしても、行こうとは思わなかっただろう。

だが、俺はクライアントでもあり友人でもあるそいつの仕事――画業――が好きだったので、個展の初日には必ず行くと決めていた。

デカい図体をして、奴が描くのは『花』だった。
念願の初めての個展で、払えるだけのものは払うからと、奴は、俺に個展のディスプレイと演出を頼んできた。

「おまえが売れっ子なのは知ってるが、俺は俺の花たちを最高の空間に置いてやりたいんだ。これが――最初で最後かもしれないしな」

空間演出デザインを生業としている俺は、テレビや映画の仮想空間製作から、コンサートやショー、展示会の演出、果ては茶室やら葬儀場の室内デザインまでをこなす。
フリーなのに売れているのは、余計なものを極力排除するデザインで、もしかしたら金をかけないせいなのかもしれない。

俺は、奴に、
「おまえの絵に、へたな小細工は必要ない」
と言ってやったんだが、カンバスの外のことに関してはまるで自分のセンスに自信を持っていないらしい奴は、食い下がった。

で、結局、俺は先に入っていた仕事をキャンセルして、奴の仕事を受けたわけだ。


宣伝はしておいてやった。
俺が演出したと言えば、そっち関係の奴等が俺のデザインした空間を見るために集まってくるだろう。
見る目のある奴等なら、あの不器用な画家が自分の絵の素材に向ける情熱を感じ取ってくれるに違いない。

俺が、わざわざ出掛けていく必要はなかった。
なかったのだが。





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