こういう時、呆然自失することの他に、瞬にできることがあったろうか。 相手は小学生なのである。 法的にはもちろん、人道的にも――それこそ、道徳的にも――彼を責めることが可能なのかどうかさえ、瞬にはわからなかった。 しかも、瞬は、彼に自由を奪われていたわけでも、脅迫されたわけでもない。 瞬は、正しく、彼の――小学生の――手管に翻弄されたのだ。 その小学生はといえば、力無く四肢を床に投げ出したままの瞬の身体を上着で覆ったり、頬に貼りついた瞬の髪を整えたりと、甲斐甲斐しく“後始末”に勤しんでいる。 「そんなに痛かったのか? 泣かないでよ。瞬、好きだから。俺、ほんとに、瞬が好きだから」 どうやら、瞬は涙を流していたらしい。 氷河は、その涙の対処に苦慮しているらしく、幾度も瞬の髪や頬を撫でてきた。 悪意や害意のないことの恐ろしさに、瞬は戦慄さえ覚えていた。 そして、ほんの2、3度会っただけの相手に、これほど手軽に、これほど無邪気に繰り返される『好き』という言葉に、恐怖していた。 氷河の口にする『好き』が、おそらく彼自身にとっては決して嘘ではないのだろう事実にも。 「帰る……」 瞬には、それだけ言うのが精一杯だった。 「瞬……」 悪意のない小学生は、自分が瞬の機嫌を損ねてしまったのだと思ったらしい――傷付けたのだとは思わなかったらしい。 「来週も来てくれるよね?」 自分が何をしたのか自覚できていない氷河が、不安そうに尋ねてくる。 いくら瞬でも、ここで氷河の不安を打ち消してやるだけの度量の広さは持ち合わせていなかった。 「もう来ない」 「どーしてっ !? 」 「来れるわけないでしょ……」 「なんでっ !? そんなに痛かったのか? でも、瞬、俺が触ってやると、気持ち良さそうにしてたじゃないか。ちゃんとイッたろ? 俺も気持ち良かった。俺、瞬が好きだ」 彼の口にする言葉すべてが、瞬には侮辱だった。 瞬は無言で服を着け、まるで鉛の塊りを飲み込んだように重い身体を渾身の力で支えるようにして、その場に立ち上がった。 「俺、瞬が好きだよ。瞬だけだよ。ずっと瞬だけ好きでいるから!」 これ以上、氷河の意味のない言葉など聞いていたくない。 瞬は、彼の勉強部屋を出た。 「瞬、ごめん。謝るから。だから、瞬」 まるで泣きべそをかいている迷子のように、氷河が、玄関に向かう瞬を追いかけてくる。 瞬は、だが、彼を無視し続けた。 何か一言でも口をきいてしまったら、彼を許してしまいそうな自分が恐かった。 |