氷河は、もちろん、その時には本気だったのだろう。
本心から、瞬との約束を守るつもりでいたに違いない。
実際、それからしばらくの間、氷河は瞬の真面目な生徒でいてくれたのである。
――2週間もの長い間。

瞬が5度目に氷河の家を訪ねた時、氷河の約束の期限が切れたようだった。


「なに? どこかわからないとこがあるの?」
机の上の問題集ではなく、彼の家庭教師をじっと見詰めている氷河に気付いて、瞬が尋ねると、返ってきた返事は、
「俺、瞬が欲しい」
――だった。

「…………」
「瞬とセックスしたい」
「そんなこと言うのなら、僕はもう来ない」

ここで毅然としてみせなければ、またあの時の二の舞である。
瞬は、きっぱりと氷河を突き放した。

が、相手は――なにしろ、我慢を知らない子供である。

「だ……だって……!」
氷河は、食い下がってきた。
2週間前の固い約束を、無邪気に忘れて。

「だって、俺は瞬を好きだもん。瞬は優しいし、綺麗だもん。瞬と一緒にいると嬉しい。一人じゃなくて嬉しい。瞬が側にいてくれないと、俺はただのカワイソーで惨めなコドモになる……」
「氷河……」

瞬が氷河の家に来るようになって、1ヵ月以上の時が過ぎていた。
その間、氷河の親は、自分の子供を任せている家庭教師の前に一度も姿を現すことがなかった。
親どころか、瞬は、この家で、氷河以外の動くものを見たことがない。

「瞬は……瞬は、俺が子供だから嫌なのか? 俺が大人だったら、俺といてくれる? どうすれば、瞬は俺のものになってくれるんだよっ!」

氷河は約束を破っていた。
しがみつくように、瞬を抱きしめてくる。
そして、瞬は、その手を振り払うことができなかった。

「氷河……」
「やだ。もう帰るな。ここにいて。どこへも行くな」
「氷河……」

唇をふさがれる。
そして、その唇が瞬の喉元におりていく。

瞬は自分の背筋を何かが走り抜けていくような感覚を覚えていた。
そして、自分の身体の奥まった部分が、何かを期待して疼き出すのを感じていた。

瞬の心の表層にあった、寂しがりやの子供を慰めてやりたいという思いは、いつのまにか、この我儘な子供の激情に翻弄されてしまいたいという願望に、取って代わられていた。






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