「……かないでくれ、瞬」
そんな瞬の耳許に、氷河の掠れた声が届けられる。

「氷河……?」
「夢の中でしかこうすることのできない俺を哀れだと思って、泣かないでくれ、瞬」
「ひょうが……」

見あげると、北方からやってきた野蛮人の青い瞳が、ひどく切なげに、瞬の涙を見詰めていた。
その眼差しに出会った途端に、瞬は、唇を噛んで、涙と悲鳴を耐えることを決めたのである。
それは、実際に実行することは不可能な決意ではあったのだけれども。

氷河に突き上げられて、嗚咽と悲鳴を自分の内にとどめ置くことは、瞬にはできなかった。
「ああ……っ!」

瞬の痛みを感じる感覚は、麻痺しかけていた。
氷河に侵されている部分が痺れて、だが、そこには痛みというより熱が広がっている。

氷河の首に、瞬は両手を絡めた。
氷河の力から逃げ出そうとするより、あるいは氷河に逆らおうとするよりも、その方が楽なような気がした。
そして、最初からそうすればよかったと、瞬は思った。

実際、氷河から逃れようとして、引き戻され、貫かれるより、氷河を飲み込み、自分の一部だと思ってしまった方が、瞬の身体への苦痛は少なかったのである。

瞬は、氷河の肩に爪を立ててしがみつき、自分から氷河の上に沈んでいった。
受け入れると決めてしまえば、それは、さほどの脅威ではなかった。

「瞬……」
瞬の所作に驚いて瞬の名を浮かびあがらせた氷河の唇が、すぐに低い呻き声を洩らす。
「夢か、これが……。夢に食われていくようだ」

瞬がうっすらと目を開けると、氷河のあの燃える氷のような青い瞳は固く閉じられていた。
彼の髪の色と同じ睫毛が、なぜか幼い子供のそれに見える。

「ひょ……が……気持ちいい……の?」
「ああ」

瞬が氷河にそう尋ねたのは、瞬自身がそうだったから、だった。

瞬の中にいる氷河は、瞬の中に取り込まれて、その内壁に密着し、ほとんど溶け合っているようだった。
それなのに、それは、瞬とは異なる熱と動きで、瞬自身ではないことを、瞬に伝えてくる。

自分の中に子供を飼っている母親は、こんな気持ちでいるのかもしれないと、瞬はふと思った。
瞬に半ば以上同化していながら、それでいて自分自身を主張したがるそれを、瞬はいっそ愛おしいとさえ感じていた。
氷河が快いのなら、それでよかった。


「夢だから、恐くない。夢だから、ちっとも痛くないよ。僕、氷河のためなら、何でもしてあげる」

瞬のその言葉が、氷河が瞼を開かせる。
氷河と瞬の視線は、一瞬、身体よりも深く絡み合った。

「すまない、瞬。耐えてくれ」

苦しそうにそう告げる氷河に、瞬は頷いた。
再び身体を寝台の上に仰臥させられ、瞬は、これ以上ないほどに大きく身体を開かされた。
幾度も身体が引き裂かれるような力に貫かれて、それでも、瞬の中には、もう氷河を疑う気持ちは湧いてこなかった。

氷河は少し不器用なだけの可愛い野蛮人なのだと、瞬は思った。

その可愛い野蛮人に、どれだけ身体を揺さぶられ続けたのか、瞬は覚えていない。
瞬は、夢の中で気を失っていた。





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