サンサーラ 《1》





彼を連れてきたのは、僕の父だった。

父祖から引き継いだ建設業で、その財を更に大きくした僕の父が、土木工事に着工するたびに出現する埋蔵文化財に興味を持って、いわゆる歴史オタクになってしまったのは、ほぼ10年前。

そのオタク振りときたら、カメラやオーディオのオタクなんかとはレベルが違う。
カバー範囲は旧石器時代から江戸時代後期に及び、法律に抵触しない程度に古文書や埋蔵品を集めまくった上、家の庭に蒐集物を保管するための倉庫を作るほどで、その執心の様を見ていると、僕は、彼に、実の息子と薄汚れた土器のかけらのどちらが大事なんだと訊きたくなるくらいだ。

でも、父さんがそんなふうになってしまったのは、母さんが病気で亡くなってしばらく経った頃からで、だから、僕は、父さんにあんまり強いことは言えない。
たとえ真贋の怪しい古文書を手に入れるために数百万の金を積むことが日常茶飯の事でも、だ。
そうまでしても自らの喪失感を埋めることのできないほどのものを、父さんは失ったんだから。

ともあれ、そのオタクな父が連れてきたのが彼だった。

自宅に彼を招待した理由も、オタクならでは。
「九州のテーマパーク建設予定地から、例によって色々出てきたんだ。埋めなおす前に、自治体主催の展示会があったんだが、そこで知り合った。へたな学者より知識のある人物だぞ。色々と貴重な資料も持っているようだし、粗相のないようにな」

父さんから事前にそう聞かされていたんで、てっきり歳のいった素人研究者がやってくるんだろうと思っていたのに、父さんの招待客は金髪の若い青年だった。
どう見ても、20代を出ていないくらいの。

名を氷河と名乗った。
苗字は有馬。

本来なら通りすがりの他人で済ませるところなのに、父さんが彼を自宅にまで招待する酔狂を起こしたのは、彼が所持しているという稀少な資料のためではなく、もしかしたらその苗字のせいだったのかもしれない。

それは、亡くなった母さんの旧姓だった。





【next】