『僕は本当はずっと……』
『あの時だって、本当は信仰を捨ててもいいと思ってた』
『神に見放されてもいいと思ってた』
『神が許してくださらなくても、僕が氷河を許すから──』
『僕は、氷河が思うように清浄な人間じゃなかったの』
『僕は最初から──氷河のためになら神を捨ててもいいと思ってたんだよ』

断片的に、キアラが僕の中に残していった、キアラの言葉の記憶。
キアラが、僕の身体と唇を使って、氷河に伝えた思いのかけら。


僕が僕に戻った時、キアラと氷河は消えていた。
キアラは、最初から、僕の身体を永遠に──使い物にならなくなるまで?──借り続けるつもりはなかったのかもしれない。
でも、そうされた方がずっとましだった。


僕の身体は痣だらけだった。
氷河は、キアラの心を持った僕の身体を、気が狂ったように愛したに違いない。
何百年も求め続け、追い続けてきた、彼のキアラ。
そのキアラを、彼はついに自分の胸に抱きしめることができたんだから。

そして、キアラは──聖女でいる必要がなくなったキアラは──僕の身体を使って、氷河の愛撫を存分に享受したんだろう。

どれほどの歓喜を、二人は味わったことか。
僕には与えられなかった高みにまで、キアラは氷河を導くことができたに違いない。

氷河は、そして、僕を残して、二人だけの国へ行ってしまった。
そこは、神の国なんかじゃない。
氷河とキアラだけがいる国。
神も僕も入ることのできない国だ。


ふたりの交合の残滓ざんしの残る身体を、自分で抱きしめて、この世界に、ひとり取り残された僕は嗚咽した。
悲しくて……悔しかった。

僕はどうしてもっと早く生まれなかったんだろう。
僕はどうして、キアラより先に氷河に出会えなかったんだろう──?
考えても詮無いことを、僕は恨み、悔やみ続けた。

もう一度だけでいい。
もう一度だけでいいから、氷河に触れて欲しかった。
キアラにそうするみたいにじゃなくていい。
氷河がキアラを求めるのと同じ心までは求めない。
小さな子供を抱きしめるみたいにでいいから、もう一度。
迷子の子供をあやすみたいにでいいから、もう一度──。

でも、僕のその望みは叶わなかった。
幸せな恋人たちは、僕のために何も残しておいてはくれなかった。

僕は、ひとりでいることが痛くて、切なくて、苦しくて──。
絶望して、その夜、薬を飲んだ。





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