そうして3時間──悪夢の3時間が、やっと過ぎ去った。

「3時間──経ったぞ、瞬」
薬の力に責め苛まれていた瞬よりも、そう呟いた氷河の方が、もしかしたら、“その時”の到来を喜び、歓迎していたかもしれない。
そして、瞬よりも氷河の方が、疲れきっていたかもしれなかった。

瞬は、この悪夢の3時間が始まった時には、ぴったりと閉じていた脚を無気力にシーツの上に投げ出し、自身に触れまいとしてシーツを掴んでいた指先からもまた、すっかり力が失われてしまっていた。
薬に支配されていた数時間の間に、瞬の羞恥心はすっかり薄れ、放棄されていた。
瞬はただひたすら、氷河の期待に沿うことだけを──『我慢しろ』という言葉に従うことだけを──自分の責務と感じ、ただそのことだけに、自分の持てる力の全てを注いでいた。

その辛く苦しい3時間がやっと終わった──のだ。

「あ……」
瞬の呼吸は、少し楽になっていた。
浅ましい疼きを覚えることなしに、ベッドの上に身体を起こすことができるようにもなっていた。

「瞬、落ち着いたか? もう……平気か?」
上体を起こした瞬の肩を、数時間前に瞬が脱ぎ捨てた白いシャツブラウスで覆いながら、氷河が尋ねる。

「…………」
瞬は、すぐには氷河に返事を返さなかった。
顔を伏せ、無言で項垂れていた。
「瞬?」
名を呼ばれて初めて、くぐもった涙声で、瞬が氷河に謝罪する。
「ご……ごめんなさい。氷河にこんなことさせて。こんなことなら、僕、もっと早くに、氷河に好きだって言っておけばよかった」

「…………」
瞬のその言葉を聞いて返答に窮したのは、今度は氷河の方だった。
言われなくても、氷河はそのこと・・・・を知っていた。
星矢でさえ気付いているものを、瞬に好かれたいと思っている当人が気付かずにいるはずもない。
いつかは瞬を自分のものにできると油断していた自分が悪いのだ──と、氷河は後悔していた。
今の状態を──言葉で好意を伝え合う以前の状態を──まだしばらくは楽しんでいたい、などという馬鹿げたことを考えていた自分自身を。

今となっては、なぜ自分がそんな悠長なことを考えていられたのかが、氷河自身にもわからなくなっていたが。


「──瞬、おまえ、今は冷静だな?」
「うん、もう大丈夫。3時間……経ったんだよね?」
無理に笑顔を作ってみせる瞬が、氷河をためらわせた。
だが、それでも氷河は瞬に尋ねた。

「瞬。おまえ、俺を好きだな?」
「……うん」
「おまえにはもう、俺に隠さなきゃならないようなものもないし、恥ずかしがるようなこともない」
「……うん」

「──瞬」
続く言葉を、氷河は口にはしなかった。

「あ……」
それでも、氷河が何を求めているのかが、瞬にはわかった。
わかってはいたのだが。

瞬は自分でも、今更何をためらっているのだろうと思ったのである。
それでも、即答ができないまま、数分間、瞬は迷い続けた。

数分後、両肩で大きく息をして、
「うん」
──と、頷く。

瞬の首肯をもらった氷河の手が、瞬の肩に伸ばされ、そして、触れる。
つい先程 彼がその肩を覆ってやったばかりのシャツブラウスを、同じ氷河の手が取り除いた。

瞬は、その唇に、初めてのキスを受けた。
そして、瞬は、氷河の腕に引き寄せられるまま、彼の胸の中に身体を傾けていったのである。






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