氷河がアテナの指示に従わないことは、星矢も紫龍も承知していた。 当然、沙織にも、それは予想の範囲内にあったことだっただろう。 が、沙織が神の力で氷河の命令違反を阻止することはなかった。 それはもしかしたら、瞬が生きている可能性を、沙織が捨て切れていなかったからだったのかもしれない。 瞬の生存の可能性をゼロと考えていたのなら、沙織は、それ以上の犠牲を出さないために、どんな手段を用いてでも、氷河の単独行動を阻止していたに違いないのだ。 ともあれ、その夜、氷河はアテナの命令を無視してホテルを抜け出し、再度、瞬が連れ去られた黒い森に向かった。 得体の知れない敵。 生気どころか力さえ感じさせない、影のような敵。 そして、死んだはずの男。 その男の手にかかって、瞬の小宇宙は消えた。──ように感じた。 今も全く感じない。 それが、瞬の命が消えたせいだとは、氷河は思いたくなかった。 夜のシュヴァルツヴァルトは、その名の通りに黒い森だった。 夜行性の鳥の鳴き声くらいは聞こえてきてもいいはずだと思うのに、そこは、まるで死の世界のような静寂と闇に包まれていた。 ごくたまに、天を覆っている樹木の枝の隙間から入り込んだ白い月の光が、森の一画を照らし出す。 そこで、魔女の集会が開かれていたとしても、氷河はそれをさほど不自然なこととは感じなかったに違いない。 昼でも暗い森、夜には更に不気味な森を、2日間ほどさ迷った後に、氷河は木々の切れ間の向こうに、古い城館を見つけた。 その城館と館に続く細い道は、まるで迷い人を誘い込む罠のように、氷河の目の前に突然現れた。 |