「よく……わからない……。罪なら、僕だって犯すよ。邪悪と罪の違いは何?」 照魔鏡が映し出すものが何なのか、映し出さないものが何なのか──が、瞬にはわからなかった。 瞬は、自分自身を、普通に罪深い人間だと思っていたのだ。 ──今は、普通以上に罪を負った人間だと思っている。 「まだ、僕の中にある邪悪が強大すぎて、あの鏡には捉えきれなかっただけだって言われた方が納得できるよ」 氷河が、瞬のその言葉に目を見開く。 「強大な邪悪? おまえの中に?」 それから彼は、苦笑というより、小馬鹿にしたような笑みを、その目許に刻んだ。 「そういう愉快な冗談は、庭の木の葉を食い散らかす毛虫に殺虫剤を撒けるようになってから言うんだな」 「あ……あれは……!」 そんなジレンマに捕われて立ちすくんでいるところを、氷河に見られたことがあるだけに、瞬は氷河への反駁の言葉を見付け出せなかった。 そして、瞬は、照魔鏡に自分の姿が映らなかったのは、記憶を失っていたせいだと思うことにした。 それがいちばん理に適った答えだった。 「でも、そうでしょう。庭の木を守りたいけど、そのためには毛虫を退治しなきゃならなくて、その両方を救うのは無理。そんなふうに、人は完全に善だけの存在ではいられないと思う。僕だって、誰だって、綺麗なままではいられない」 そのために、『許す』という行為を、人間はするのだ。 それは、何という力、何という強く優しい行為だろう。 だからこそ、完全に善ではありえない人間が生きて存在することには意味がある。 意味があるのだと、瞬は思いたかった。 「そうだな……。何が罪で、何が邪悪か、罪を犯しながら考えていくことにするか」 氷河が瞬に頷く。 それから、彼は言葉を重ねた。 「だが、おまえがどこか特別なのは事実だぞ」 「どうして?」 「俺がこんなに夢中だから」 「……!」 氷河が冗談ではなく本気で言っているのがわかっていたので、瞬は急ぎ足でハーデスの館を出た。 それが、恥ずかしくて それ以上聞いていられないと思ったせいだったのか、あるいは氷河の言葉を恐ろしいと感じたせいだったのかは、瞬自身にもわからなかった。 |