城戸邸のラウンジには、五体満足なアテナの聖闘士たちが、それぞれの定位置でくつろいでいた。 唯一定位置を持たない沙織だけが、何とも複雑怪奇な面持ちをして、センターテーブルの脇に立っている。 「全く……。自分からハーデスに身体と意思を受け渡すなんて、無謀もいいところよ。勝算があったわけでもないくせに」 氷河の無謀に呆れた顔で、沙織は、半分叱りつけるように彼女の聖闘士を睨んだ。 その口調と表情には、やはりそんなことだったのか――という諦観にも似た感懐が明確に刻まれている。 彼女の聖闘士たちは―― 一見控えめで大人しそうに見える瞬でさえも――無謀で度胸がありすぎるのだ。 「心は受け渡していませんよ。それは受け渡したくても受け渡せない。――あの場は何か一石を投じないと、新しい展開は望めそうもなかったし、俺と瞬の“無謀”は時間稼ぎにもなっでしょう。あれはいいものだ。神も夢中になる」 発言の内容が内容だっただけに、氷河は、言葉の途中でさりげなく視線を星矢たちの方に向け変えて、それが沙織に対しての発言ではないことを暗に示した。 ――今更すぎるほどに今更な気遣いではあったが。 氷河もそれは自覚していたらしい。 言葉使いを改めるでもなく、彼は、彼の言いたいことを言葉にし続けた。 「俺と瞬が言葉でしか会話できないと思っている神が馬鹿だ」 「それはどういう……」 問いかけた沙織が、慌てて自分の質問を引っ込める。 ではいったい氷河と瞬は、言葉どころか思念すらハーデスに筒抜けの状況下で、何を使ってこの無謀な計画を了解し合ったのか。 小宇宙などというマトモなものを使ったのではあるまい。 沙織はそれを確かめる気にもならなかった。というより、確かめたくなかった。 それを奇跡と言ってしまうには、沙織はあまりにも良識というものを持ち合わせすぎていたのだ。 沙織のその慎重な措置を、星矢があっさりと無にする。 彼は全く悪びれた色もなく、沙織がそうと察した事柄を言葉にしてしまったのだった。 「どーせ、あれだろ。氷河が突っ込む時にワンテンポずらしたら『こんにちは』だとか、瞬の『いや』がYESで『もっと』がNOだとか、いっそ氷河の腰の振りがモールス信号か何かになってて――」 「星矢……!」 とんでもない星矢の推察に――それが当たらずとも遠からずだったので――瞬は派手に赤面した。 氷河よりは羞恥心を持ち合わせている瞬に免じて、星矢がそれ以上自らの推察を口にするのをやめる。 代わりに、彼は、二人の仲間の前に結論だけを突きつけた。 「まあ、つまり、おまえらは派手にやりまくってハーデスを倒したってことだよな」 実に身も蓋もない事実――ではあった。 「星矢、言葉を選んでくれ」 星矢をたしなめた紫龍とて、それを『愛の奇跡』などと言われたなら、彼の目の前にあるテーブルをひっくり返すくらいのことはしでかしていただろう。 瞬の兄は、このとんでもない大団円に呆れ果てて、仲間たちの前からさっさと姿を消してしまっていた。 そんな手を使って人類と地上の平和を守りぬいた弟を、彼は褒めてやりたくても褒めることができなかったらしい。 「すげーよなー。おまえら、沙織さんがハーデス成敗したとこはおろか、俺たちがタナトスとヒュプノス倒したとこも見てないだろ。俺たちが苦戦してた時に、おまえらは、やっと邪魔者が消えてくれたってんで、浮かれてやりまくってたんだ」 アテナと星矢たちの仕事が全部終わってから、まるでその時を見計らったように、すっきりした顔で のこのことエリシオンの園にやってきた二人の姿を思い出し、星矢は我知らず顔を歪めた。 この大団円が嫌でたまらずにいるらしい星矢に、氷河が全く悪びれた様子もなく、顎をしゃくってみせる。 「俺と瞬はハーデスの野望を挫いた、最大の功労者だと思うが」 「そうかもしれないけど、俺は褒めねーぞ!」 紫龍も沙織も、星矢の怒声には無条件で同意同感していた。 |