陽光が、これほど不吉なものに思えたことはない。 朝の光の中で、氷河は愕然としていた。 自分と瞬の上に、いったい何が起こったのかがわからない。 昨夜の記憶が全くないわけではなかったのだが、氷河にはそれは濁った血の色をした靄の中で、自分ではない自分と瞬ではない瞬によって演じられている悪趣味な幻影のようにしか思えていなかったのだ。 氷河の知っている氷河が、瞬にそんなことをするはずがなかったから。 しかし、実際に、瞬は、夏のそれになり始めている朝の陽光の中に、無体な暴力を振るわれた跡の残る裸身をさらしている。 その目は開けられていた。 おそらく瞬は、昨夜、その瞼を一度も閉じなかったのだ。 瞳は虚ろで、不吉な嘲笑のような陽光を 光と認識している様子もない。 氷河は、大声でその名を呼び、いったい昨夜ここで何が起こったのかを瞬に問い質したい衝動に駆られたのである。 しかし、彼にはそうすることはできなかった。 そんなことを尋ねられたら、それだけで、今はかろうじて瞬の姿を保っているものが壊れてしまうような予感を、彼は感じたのだ。 今 氷河の目の前に横たわる瞬は、壊れかけた人形のようだった。 瞬は、自分が本当に壊れてしまわないために外界のありとあらゆる刺激を拒んでいる――ように、氷河には見えた。 「瞬……」 アテナの聖闘士よりも圧倒的優位に立つ神に対峙する時以上の覚悟と勇気を 身の内に無理に呼び起こして、氷河がやっと その名を声にする。 氷河に名を呼ばれると、瞬は、初めて反応らしい反応を示した。 瞬自身は微動だにしなかった。 ただその瞳から生まれた涙がひと筋、まなじりを伝いシーツに吸い込まれていく。 それは、瞬の意思や感情によって生じたものではなかったろう。 今の瞬は、そんなものを有しているようには見えなかった。 瞬という存在自体が、今 自分がここに在ることと、その横に氷河という存在が在ることを嘆いているような――それは、そんな涙だった。 そうして、氷河は理解したのである。 自分が、とりかえしのつかないことをしてしまったという事実を。 だがなぜそんなことが起こりえたのか、それがわからない。 瞬に嫌だと言われたら、氷河という男は即座に瞬の意に従うはずだった。――氷河は、自分をそういうものと認識していたのである。 とにかく瞬を人間に戻さなければならない。 氷河は、今は命も魂も持っていない人形のような瞬に、意思を取り戻させようとした。 そう思うことは思ったのだが、どうすればそうすることができるのか、見当がつかない。 瞬の髪は乱れ絡み、両の手首や喉や胸には、おそらくその抵抗を封じるために加えられた力によってできたらしい痣が、枷のように鮮明に残っている。 それらの無体の跡から目を逸らし、氷河はほとんど神にも祈る気持ちで、瞬の身体を覆っているものを、瞬の上から取り除いた。 祈りが空しいものだったことを、すぐに氷河は思い知ることになったのだが。 瞬の下半身は、腕や胸よりも更に ひどいありさまになっていた。 いったい自分は瞬の中に幾度 精を放ったのかと、氷河は、自分ではない自分を、一刹那 この世のすべての醜悪なものよりも憎悪したのである。 確かな自覚と記憶がなくても、これは自分がしたことなのだ。 氷河は掠れる声で、再度瞬の名を口にした。 そして、その手を、血の気の失せた瞬の頬に伸ばす。 「瞬、すまな……」 途端に、瞬はその全身を強張らせた。 氷河の手がその頬に触れる直前に、顔を横に背けることで、瞬がその接触を退ける。 もう空気を掴む力も残っていないように見えた腕をシーツに押し当てて、瞬は身体の向きを変えた。 身体をまともに動かせないらしい瞬が、喉の奥から声にならない声を出して、ベッドの上を這って氷河の手から逃げようとする。 それは到底、神にも立ち向かっていくアテナの聖闘士の姿ではなかった。 「瞬……」 自分の為したことの意味を、氷河は否が応でも理解しないわけにはいかなかった。 |