「うん……。そういうことって、あるよね」 長い沈黙のあとで、瞬はそう言って笑った。 他に、瞬にできることはなかったので。 氷河は、もしかしたら瞬ならば あんなひどいことをした仲間を許してしまうのかもしれないと、全く考えていなかったわけではなかった。 瞬なら そうしてしまうのかもしれない――と危惧していた。 だが、それでは、瞬を傷付けることを覚悟して、瞬の記憶を呼び起こした意味がない。 氷河が何より恐れていたことは、瞬が仲間を責めないために、許す“振り”をしてしまうことだった。 だから、氷河は瞬に問うたのである。 「おまえは俺が憎くないのか」 ――と。 氷河のその言葉に、瞬は一瞬、なぜ氷河はそんなことを訊くのかというように苦しげに眉根を寄せた。 そして、氷河の心無い言葉に耐えかねたように、悲鳴のような声を室内に響かせる。 「憎いよ! どうして憎まずにいられるの! 氷河さえいなければ、僕はあんな思いをせずに済んだんだ! 自分を無価値なものと思わずに済んだ! 氷河を憎まずに済んだのに……!」 「瞬……」 覚悟はしていたことだったが、いざ面と向かって言われてしまうと、それは氷河の心を驚くほど容易に深く傷付けるものだった ――『憎い』という言葉は。 しかし、瞬は、憎しみや悲しみに我が身を浸らせて、我が身を哀れむことに酔うだけの人間ではない。――そうではなかった。 「でも、それ以上に、氷河が好きなんだもの……。許す以外に、僕に何ができるっていうの……」 瞬はもしかしたら、それを己れの強さだとは思っていないのかもしれなかった。 むしろ 弱さと感じているふうがあった。 だが、やはり、それは強さと呼ばれるものなのだ。少なくとも、瞬は、強くなろうとする意思の力を持っている。 「瞬……」 『許す』と告げる瞬の髪に、氷河は手を伸ばした。 途端に、瞬が身体を大きく震わせる。 瞬は、氷河の手が触れる前に、その身を後ずらせた。――おそらくは、仲間を傷付けないために、ほんの少しだけ。 「瞬……」 「ご……ごめんなさい。氷河が恐いの。こうして側にいるだけでも、身体が震えて、逃げ出したいくらい、氷河が恐い」 瞬自身は何ひとつ悪いことをしていないというのに――ぽろぽろと涙を零しながら、瞬は氷河に謝罪した。 伸ばしかけていた手を、氷河がゆっくりと下におろす。 瞬の涙も、瞬の拒絶も、それは当然のことだった。 そして、瞬の卑屈めくほどの健気は、氷河には、罵倒よりも つらく感じられることだった。 だが、瞬のために耐えると決めたことである。 氷河は懸命に耐えた。 耐えているのは自分だけではないということがわかっていたから。 「氷河は――今の氷河は、僕を好きでいてくれるの?」 瞬が心細そうに、氷河が悲しくなるほど自信のない様子で、氷河に尋ねてくる。 氷河は浅く頷いた。 「ああ。俺の命よりおまえの方が大事だ」 誇張ではなく、氷河は心底からそう思っていた。 氷河の返事を聞いた瞬が、唇を噛みしめて ぎこちない笑顔を作る。 「待って。時間ちょうだい。待って。僕、必ず、乗り越えるから……。大丈夫、僕は氷河が好きだから、大丈夫……」 自分に言い聞かせるように、瞬は小さく呟いた。 その呟きは、だが、決意に満ちて力強い。 愛するということ以外、運命に打ち克つための武器を持たないもの――。 それが人間という存在なのだと、それゆえに人間には生きて存在する意味があるのだと、氷河はそう思わずにはいられなかった――そう思った。 この、か弱く強く美しい魂を、これほど愛しいと感じたことはない。 この魂と溶け合い わかり合うことができるのなら、そのために費やされる時間の長さなど、どれほどのものだろうと思う。 「いつまでも待つ……! それが100年後でも、必ず待っている」 氷河の唇からは、自然にその言葉があふれ出ていた。 抱きしめたいのに、今は触れることさえできない。 だが氷河は、おそらくは魂と呼ばれるもので、瞬を思い切り強く抱きしめた。 |