居並ぶ貴族たちの前で、男に犯されてみせる。 そんなことはシュンでなくてもできることではないと、シュンの兄は思っていた――そうであることを望んでいた。 ましてシュンは、元は野心旺盛な傭兵隊長が興したスフォルツァ家の一員である。 思春期の潔癖さが まだ抜けきっていない身で、そんな屈辱に耐えられるはずがない。 彼は、そう信じていたのだ。 だから、シュンの決意を聞いた時、蛮勇と知略で鳴らしたスフォルツァ家の始祖フランチェスコ・スフォルツァの再来とも評されているシュンの兄は蒼白になり、即座に愚かな決意を為した弟を厳しく叱責した。 「シュン、そんな愚かな考えは即刻捨てろ! 家門に泥を塗る気か! 恥だけをかいて、得るものが何もない行為だぞ、それは!」 「僕がそんなふうに愚かな人間だと皆に知らせることができたら、兄さんは堂々と僕を見捨てることができるでしょう?」 シュンとて、それは、悩みに悩み抜いて やっと辿り着くことのできた決意だった。 夜陰に紛れてヒョウガとミラノを出奔することはできても、ミラノの公位継承権を公式に放棄しなければ、厄介事はいつまでもその身についてまわる。 それはヒョウガを窮地に陥れることにつながるかもしれず、だが、自分はどうしてもヒョウガと離れることはできない。 シュンには他に採るべき道がなかったのだ。 「おまえが一緒にいたいと願っている男は、確かなものを何ひとつ持っていない男だ。公位が約束されているわけでもなく、実父が亡くなればレッジョ公国での地位も不安定なものになるだろう。あの男が今、もし心底からおまえを愛しているのだとしても、その心が永遠だという保証すら どこにもないんだぞ!」 「そんなことを言っていたら、人は誰とも結びつけない」 ヒョウガと共に生きる未来に、シュン自身、何の不安も抱いていないわけではなかった。 何も考えずに恋の激情に身を任せるわけではなく、シュンはただ、いくら考えても、この恋の感情を消し去ることはできないという結論にしか至れなかっただけなのだ。 「そんな無謀な選択をして、いつか恋を失うことになった時、おまえはおまえ自身のものといえるものを何も持たない無一物になる。家も故国も地位も名誉も誇りも神も、すべてを失うだけだ。わかっているのか!」 「何も持たないからこそ幸せになれるということもあります」 「シュン! おまえには欲というものがないのか……!」 シュンの兄の怒声が哀願じみたものになる。 政治的野心までは望まない。 だが、彼は、自分の弟には、せめて安逸な暮らしを望む心くらいは持っていてもらいたかったのだ。 しかし、シュンの答えは断固としたものだった。 「欲くらい あります。僕はヒョウガがほしい。ヒョウガを僕のものにして、僕もヒョウガのものでありたい。いつもヒョウガと一緒にいたい。ヒョウガと幸福になりたい。これ以上の欲がどこにあるというんです……!」 スフォルツァ家の兄弟は、豪気豪胆な兄と温順素直な弟。 いつもそういう二人としてあることに慣れていたシュンの兄は、思いがけないシュンの頑なさに 「シュン、考え直してくれ。なぜそんな愚かなことを思いついたんだ。衆人環視の中でおまえが――俺は見ていられない!」 従順である以上に聡明だった弟を そんな愚行に走らせる恋というものを、シュンの兄は心底から憎まずにはいられなかった。 「ヒョウガがいないと生きていけないから。ヒョウガがいないと幸せになれないと思うから。そのためになら、僕は何だってする」 「シュン……」 誰もが通る道。 誰もが一度は経験する抑え難い激情。 シュンの兄とて、その経験がないわけではなかった。 恋の嵐のただなかにいる者に冷静になれと諭すことの愚も知っている。 それが、失うものも多いが、また得るものも多い経験だということも、シュンの兄は知っているつもりだった。 だが、シュンの場合は、失うものが多すぎる。 自分の弟は、その時がきたら、誰よりも穏やかで優しい恋をするものとばかり思っていただけに、弟の決意を聞いた兄の衝撃は大きかったのである。 |