アテナとアテナの聖闘士たちの華麗さに毒気を抜かれた匿名希望神が聖域を立ち去ったあと。
今回の騒動に責任を感じた瞬は、恐る恐るアテナの前に進み出た。
「あの……沙織さん、僕……」

が、彼の女神は、瞬に謝罪することを許さなかった。
代わりに、諭すような口調で言う。
「瞬、あなたはもう少し人を見る目を養いなさい。あなたが優しく美しい心を持っている限り、あなたの姿はその心と同じよ。あなたを知っている私たちには、ちゃんとあなたの真実の姿が見えているんだから、私たちを信じてね」

聖域のアテナは、それでも時折、本当に女神らしいことを言う。
だから瞬も、彼女には頭があがらなかった。

「はい……。はい、ごめんなさい。ありがとう、沙織さん」
「沙織さんの言う通り。大事なのは首から下だ」
これで馬鹿げた騒ぎは終わったと言わんばかりに、またふざけたことを言って瞬の肩に手を置いた氷河の鳩尾に、今度は瞬の肘がのめり込む。
低い呻き声を漏らした氷河に、瞬はアテナ以上ににこやかな微笑を投げかけた。

「冗談だってわかってるから、この程度で済むんだよ、氷河」
瞬はすっかり昨日までの自信と明るさを取り戻していた。
その容貌ではなく、信頼し合える仲間がいること。
それが瞬の自信の源だった。

氷河が、瞬に肘を打ち込まれた場所を手で押さえながら、にっと不適な笑みを浮かべる。
「冗談だとわかっていればいい。おまえが綺麗なことは、俺がいちばんよく知っている。そんなあたりまえのことを忘れる方がおかしい」
「氷河……」

そんなあたりまえのことを忘れられて、氷河は氷河なりに傷付いていたのかもしれない。
初めてそのことに思い至って、瞬は、突然強い後悔の念に襲われた。
そこに、すかさず星矢の茶々が入ってくる。
「瞬、騙されるな! 氷河は顔は綺麗だが、心の中ではおまえとやることしか考えていない最低な奴だぞ!」

星矢の親切な忠告に、瞬は微笑を返して頷いた。
信頼できる仲間の存在を思い出し、自信を取り戻すことで、平生の判断力をも取り戻した瞬には、星矢のそれが(半ば本気の)冗談だということが、正確に理解できていた。
そして、誰に何を言われようと、瞬の目には氷河の姿が美しく見えた。

つまりは そういうことなのだ。






Fin.






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