(俺が出来ることは、瞬が少しでも敵と対峙しなくて良いように、闘いで傷つくことの無いように、1人でも多く……いや!すべての敵を屠ることだ!!)

初めて、瞬が人間を殺したことを知った時、俺は酷く後悔した。
一人の人間の命――その人の身体と意思と未来を奪うことに、瞬の『心』が耐えられるほどに穢れているわけが無いからだ!

それは、俺には到底取戻すことのできない博愛や慈愛の心というモノなのだろうが、その、俺には到底取戻すことのできないであろう瞬の持つ慈愛心に、俺はいつも支えられていた。



戦場で怯え震える瞬の瞳は、当然だが、戦場にいない時には、いつも碧く穏やかに澄んでいる。
戦場での狂気が悪い幻想と思わせるほどに。

普段の瞬も、聖闘士というよりは、温かな空気を身に纏う穏やかな天使のようだった。
その目は抱擁的に、穏やかに、いつも俺を見ていた。


おそらく――闘い……それ自体の無意味さを、瞬は先天的に理解してしているのだろう。

いつまでも終わらない闘い、大義名分の名の元に人を傷付け殺すことを当たり前でかつ美徳とする世界を、彼は毅然と拒み代償として肉体を傷つけ精神を腐食させ耐え続けさせる。
マゾヒストが自滅しない為には、厳格な修道僧になるのがいちばんだ――という、ブラックジョークを聞いたことがある。

今の瞬がまさにそれなのだと、俺は思った。


瞬は間違ってなどいない。
瞬は敵に止めを刺さない。それは、力が正義のはずはないし、大儀で1つの生命を容易く奪っていいはずがないから。
それが、他の多くの人間に害を為すだろう輩であろうとも。
彼は、相手が邪悪であっても、その頑なのポリシーを守り続け、闘いながら諭し続ける。 むしろ生れてくる時代と場所が違うと誰もが思うタイプの人間だった。


もし、瞬が、打ち続く闘いのせいで、己の精神が敵の血で染まり、狂気の虜になってしまったのだとしたら――。
彼が、もし、この世界にとって倒すべき敵の前にして倒れた時に、俺はいったいどうなってしまうだろう?

闘いの時と闘いの時の狭間で、俺はそんなことを案じるようになっていた。


――そう。
平和な世界を思い描く瞬の心とその存在は、避けられない闘いの日々の中での、俺の心の慰めでもあった。








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