その日、俺に相対した敵は、これまでのどんな敵よりも強かった。
俺は、焦りに襲われながらも、倒そうと思えば倒すことはできるはずの相手に対して手間取っていた。
実際は、命のやり取りなのだ。 気を抜けば、気を取られれば、奪われるのは自らの命である。

だが、それでも瞬のことを想ってしまう。 一時も早く彼の元へと――。

その焦燥感が隙を生む――その次の瞬間
俺は、敵の足許で、呻いていた。 痛烈な一撃だった。
思考も呼吸も一瞬止まり、ただ苦しかった。

コイツにも大切なモノがあるだろう。
プライド、イデオロギー、宗教、愛国心、仲間、家族、そして恋人。
(自分にとって相手が)悪人だろうが、一人だけで生きていられるはずがない。

そう考えても、俺は、それ以上に、彼らを倒すことでしか、殺すことでしか、大切なモノを、――瞬を――守ることが出来ない。

死して瞬は守れない! 小宇宙を燃やせ! 躊躇うな! 目前の敵を屠れ! ココには死と狂気しかないのだから、自らも準じよ!

本来なら動けないような状態で、それでも俺は、敵のトドメの一撃を寸で回避した。

敵と俺のこの後の運命を、多分、俺は、自分の手で、自分の意思で、定めるしかないのだ。

俺は、その運命を、俺自身で決した。
……いくらでも倒してやる! 何人でも殺してやる! おまえを……




渾身の力を振り絞って立ち上がり、俺も敵も己の全てを賭けて最後の攻撃を試みる――。




俺の腕や身体は血みどろだった。
敵の攻撃で出血が酷いのであろうが、その血は、自分のモノか、敵のモノか、混ざり合っているのか、既に判らない。
自らの限界以上に高めた小宇宙の凍気で毛細血管が破砕し内出血もしている。
戦闘の無理な動作で筋肉は部分断裂。 負傷と疲労で全身悲鳴をあげているはずだが神経は麻痺。
身体は、チアノーゼ寸前で、果てなく酸素を求めて呼気も荒い。
気力と小宇宙とエンドルフィン、それらが起こす高揚力で辛うじて立っていられる。


自分の身体を冷静に判断できるのも、動作の全てを本能に明け渡しているからだ。
俺は既に次の動作にはいっていた。 一瞬でも早く瞬の元へ……。




瞬の姿が見えた時には、彼は無防備に(瞬自ら倒したと思われた)敵に背中を見せていた。
本来なら敵は、生命奪うことを是としない瞬に、かろうじて助けられたのだ。 しかしそのことを、敵は瞬の油断として付けこんだ。

俺はそんな敵に躊躇など一切しない。 瞬に向けられた一撃を叩き伏せる。

「氷河……」

助け、命を救った、主の声は何時にも増して、畏怖の声だった。
しかし瞬の声に反応出来るほどの精神は既に麻痺している。

敵は、まだ生きていた。
ソイツは、低い呻き声を地面に向かって吐き出していた。 思考は、一瞬先ほどの自分の姿と敵の姿とを重ねるが、無視。

俺は、瞬に攻撃を仕掛けてきた相手に向かう。
俺の足はふらついていていようが、倒れていた敵よりもずっと体力の消耗が激しかろうが、関係なかった。

ただ。
それでも、瞬を守れればそれでいい。
体力だろうが、気力だだろうが、全て敵にくれてやる――。


「氷河……。ぼ……僕が……」
瞬に、これ以上人殺しの力を使わせるわけにはいかない。
俺は、瞬の声を無視して、幾度目の殺人を決意した。

だから――。

「俺に殺させろ」

――貴様の命を俺によこせ!

正常な精神などとうに麻痺している。 眼前の敵の存在を否定するためだけに集中し、小宇宙を燃やす。
それが矛盾であろうが、瞬の理想を叶える為だけに、人殺しの技を使う。 瞬に自らの心を引き裂くほどの想いを二度とさせない為に。

それが――いつか自分の命を引き裂くことになろうとも、それでも瞬は、自分の理想を追いつづけてくれればいい――。



俺はその敵を、まるで哀れな昆虫を握りつぶすようにあっさりと――殺した。

瞬は嘔吐を堪えるかのように絶句し、ただ立ち尽くしていた。








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