夕食はとてもじゃないけれど咽喉を通りそうになかった。自分で自覚するのも恥ずかしいくらいの『恋煩い』というものだろう。しかも、いままで友情で結ばれていると思っていた仲間に対しての恋愛感情。
 僕は一人で部屋のベッドから出られなくなっていた。一分一秒がとてもとても長く感じられる。
 部屋をノックする音がした。
「いつまでそうしているつもりだ」
 返事をしないままドアが開くと兄さんだった。
「皆が心配しているぞ」
「うん。わかっているけど。でも」
「熱がぶり返したわけじゃないんだろ」
「はい」
「じゃ、食事を取れ。まだ、体力は回復していないだろう」
「でも、咽喉を通らない」
 兄さんはあからさまにため息をついた。
「コスモが戻らないのはお前自信の問題だ」
 氷河のことで頭がいっぱいだった。すっかり聖闘士のことを忘れていた。
「僕自身の? でも、僕は…!」
 兄さんは僕の言葉を遮った。
「早くコスモを取り戻せ。まぁ、心を閉ざしてコスモを失うような弱い人間に聖闘士は勤まるわけがないがな。足手まといになるよりは今のままがましか」
 兄さんはそれをいうと僕の部屋から姿を消した。その日以来、城戸邸で姿を見なくなっていた。
 兄さんの言葉は少ない。それ以上は自分で考えろということだろう。自分で答えを見つけないと始まらない。
 それから、聖闘士として生きて来たことの意味、そして、これから聖闘士としてどう生きるかと言う事。ずっと考えていた。
 今までは、僕自身が生き延びて兄さんに会うために聖闘士になって、聖闘士になったからにはアテナを守ってきた。戦いの中で得たものは苦しみしかなかった。アテナを、人類を守るということの名のもとに、やっていることは殺しだ。僕は誰も傷つけたくない。怪我をさせることもしたくないのに、ましてや、命を奪うなんて。
 僕の頬を再び涙が伝っていた。
 その日の夜、僕は氷河の部屋を訪ねた。
「ごめんね、こんな夜遅くに」
「気にするな」
 氷河はそういうと僕を椅子に座らせた。
 電気を消す。
「どうしたの?」
 氷河は窓に近寄るとカーテンを開け放した。
 すると、月明かりが部屋に差し込んできた。部屋がとても静かな光に包まれた。
「綺麗だろ。天気がいい日はこうして寝る。あんまり眩しくて眠れないときもあるけど、それはそれで、静かな夜を満喫できるしな」
「ロマンチックだね」
「違うよ。綺麗なものを綺麗だと感じたいだけだ」
 そういうと氷河は僕の髪を撫でてくれた。
「氷河、好きだよ」
「ああ」
「驚かないの」
「どうして」
「だって、よくわからないけど」
 氷河は少し笑った。
「よくわからない質問だな」
「うん。ほんとだよね」
 兄さんが言ったこともよくわからない。
「氷河は聖闘士ってどういうものだと思う?」
 今度は驚いた表情を見せた。
「唐突だな。愛の告白の後は聖闘士についてか」
 僕は答えを待った。
「そうだな。そういうものは、自分でみつけるものだと俺は思うけど。俺にとっての聖闘士であるということと、瞬にとって聖闘士であることはきっと違うものだ。コスモがなくなったことを気にしているのか?」
 僕は頷いた。
 氷河は僕の前に膝まずくと僕の両手を握った。
「瞬はこのままでいいよ。聖闘士なんてならなくていい。俺のそばでずっと笑っていて欲しい。瞬が傷つく姿なんてみたくない。愛する人にはずっと、笑顔でいて欲しいと願うものだ」
 そして、僕の手にキスをした。
「ありがとう」
 でも、何か違う気がした。







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