二・男乃嫉妬容量 女乃五万倍


 
天竺を目指し、尚且つ三蔵紫龍を探す一行は、朝は日の出とともに起きて移動し、日暮れとともに寝るというまことに単調な生活を送っておりました。
野宿が連続し、常人で無い氷河やアイザックですら疲れているのですから人間である瞬の疲れはたとえようも無いくらいのものでした。
「大丈夫か?」
と、氷河とアイザックが代わる代わるに聞くのですがその度に
「ええ、平気です。」
そう言って静かに微笑む姿に二人は逆に勇気付けられるのでした。

「お、今日は屋根のあるところで眠れそうだぞ。」
と、先頭を行くアイザックが喜びの声を漏らしたのは日も傾きかけた頃でした。
「本当だ。」
一行の行く手に人家の屋根が見えてきました。離れた所からでもかなり立派な屋敷であるのがわかります。
自然と足も早まり、日が沈む大分前に屋敷の門まで来ることができました。
「本当に大きな屋敷ですね。」

などど言っているうちに中の方から
「どちら様ですか?」
という声がしたので、
「我々は天竺に向かう旅の一行です。一夜の宿をお願いしたく参りました。」
と、瞬が答えました。すると
「それでは主人に聞いてまいりますので少々お待ち下さい。」
「わかりました。」
内側の方で足音が遠ざかる音が聞こえます。
「主人だって、どんな奴だろうな。」
「さあ、」

暫くして音も無く門が開きました。
「ようこそ、我が屋敷に。」
そう言って出迎えたのは絶世の美姫を思わせる妖艶な笑みを浮かべた優男でした。
「ようこそいらっしゃいました。私が主人、リザドのミスティです。」

そう、自己紹介したこのミスティなる人物。なにかと自己の他者に勝る部分をひけらかすのが好きな性格のようで、なによりのご自慢はその生まれ持った“美貌”という、いわばナル…まあ、言い換えれば“きれい好き”な人だったのです。
ところが、そんな彼の目に瞬が入ってしまったのは極めて不幸なことでした。
着飾ることなくともその美しさ、可憐さは万人が悟るところです。
こういう人物は自己より(はるかに)勝る者に遭遇した場合、しかもそれがどう努力しても適わないと悟った場合にとる行動は二つです。コワれるか、キレるか。

ミスティは後者の方でした。

その場はなんとかやり場の無い怒りと嫉妬をこらえて乗り切った彼でしたが、一行をそれなりにもてなし、離れにある客間に案内させると
「おのれ、あの小僧〜ぉ。」
と小声で連呼しながら部屋に篭ってしまいました。
はらわたが煮え繰り返るような思いで小一時間程自室で過ごしていると、そこに友人であるケンタウルスのバベルがやってきて言いました。
「どうしたんだ?食事もとらないで。」
「いや、なんでもない。」
そうミスティは答えましたが彼と付き合いの長いバベルには分かってしまいました。
「そういえば、旅の連中の中にやけに容姿のいい奴がいたな…・」
「…・・。」
「お前といい勝負、むしろ…」
「なにが言いたいんだ。」
図星のことを言われてしまったミスティの怒りは増すばかりでした。
「そう怒るな。オレにいい考えがある。」
ニヤリ、と笑いながらバベルは言いました。
「実はな、三蔵を食べると寿命が延びるらしいのだ。」
「なんだって!」
「お前は邪魔者が消える。オレは三蔵を手に入れる。悪い話じゃないだろう。」
「た、確かに。」
そう言いながらミスティはこうも考えました。
―寿命が延びるなら美容にもいいかもしれない。―

この瞬間、三蔵抹殺同盟成立です。

「に、してもどうすればいいんだ。見たところ三蔵は一人にはならないぞ。」
ミスティの問いにバベルは悪役らしく答えました。
「なぁーに、奴らが寝てる間に火をつけて焼き殺せばいいことだ。ちょうど離れだしな。」
「いい考えだが、そんなことをしたらせっかくの三蔵が黒焦げになるだろう。」
「黒焦げ、」
「ああ、そうだ。」
ミスティの当然の疑問にバベルは顔色ひとつ変えずに言いました。

「漢方的にはオーケーだ!!」