「おまえの目、こんな色だったか、昔から」 御衣黄――緑色の花を咲かせる春の花――の色をした瞬の瞳を、氷河はふいに訝しんだ。 日本人にしては少し茶の色が勝ってはいたが、幼い頃、瞬の瞳は確かに黒だったように思う。 「アンドロメダ島でね、僕は青に染まったんだ。あの過酷な環境に耐えるため、あの環境に愛されるため、僕はあの島の空と海に同化した」 穏やかに懐旧に身を任せることができるのは、瞬があの島で自らの願いを叶えられたからだったろう。言葉では過酷と言いながら、その過酷に打ち勝った人間の口から出る言葉の響きはやわらかい。 「青じゃないぞ。おまえの目も髪も」 その色を確かめるように、氷河が瞬の髪を指で梳く。 「なにいろ?」 「緑だ」 「ああ、それは、きっと氷河に会ったからだよ」 瞬の微笑は、悲喜劇を演じる役者のようだった。 「僕は、生きていくために必要なものの色に染まる。ずっとそうして生きてきた」 「俺のどこが緑なんだ」 「……氷河は緑じゃないね。氷河の瞳はずっと青いままだ。……氷河は嫉妬を知らないから」 子供の無邪気を愛おしむ母親のような声音。 「嫉妬くらい知っている。おまえの兄に俺はいつも――」 そして、その母親に反駁する子供の口調。 母親は、悲しげにその反駁を否定した。 「嘘ばっかり。だって、氷河の瞳は青い。深い青のまま変わらない」 「嫉妬はね、黄色い色をしているんだ。青い瞳の人間が嫉妬すると、その瞳は緑色になるんだよ」 「おまえは誰に嫉妬する。俺の大切な者は、もうおまえしかいないぞ」 「もういない――。氷河にそう言わせる死んだ人たちにだよ」 「そんな嫉妬は無意味だ」 「無意味じゃない。氷河の青を明るくできるもの。僕を嫉妬させるものを自分が持っていることを、氷河は喜んだでしょう? 今。だから、氷河の瞳は明るくなった」 子供の恋人たる母親は、子供の幸福が悲しい。 子供の残酷なら、微笑んで受け入れられるというのに。 「僕の緑が深くなればなるほど、氷河は嬉しいんだ。僕の緑は、今は嫉妬の黄色と氷河の青でできているから」 瞬が言葉を言い終える前に――その言葉を遮って、瞬の身体を刺し貫くものがあった。 白い喉がのけぞる。 「おまえの目も髪も、俺が真っ青に染めてやる」 青い瞳に射抜かれて、御衣黄の花びらの青は少し深みを増した。 Fin.
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