優しさの技術







瞬は笑ってても、怒ってても、泣いてても可愛い。
だから、みんなが瞬に優しくしたり、いじめたりする。

瞬は小狡い上に我儘だ。
みんなが自分を構う訳を知っていて、笑ったり、怒ったり、泣いたりする。

本当に嫌な奴だ。


その瞬が、最近やたらと俺にまとわりついてくるのは、多分、俺が瞬をちやほやしないのが気に入らないからなんだろう。
瞬は、誰かにいじめられたと言っては、俺に泣きついてきて、転んで怪我をしたと言っては、俺に手当てを求めてくる。

俺が、
「一輝のとこに行けよ」
と言うと、すぐに涙ぐんで、結局俺はしぶしぶ瞬を慰めたり、バンソーコを貼ってやったりすることになるんだ。


俺はいい加減、うんざりしていた。




そんなある日のこと。


「なあ、瞬。おまえ、なんで氷河なんか構うんだよ」

城戸邸の庭の木陰で昼寝をしていた俺の耳に、灌木の向こうから、星矢の声が聞こえてきた。


「おまえ、泣きたくなったら一輝んとこ行けばいいじゃん。いじめられてるんなら、俺だって紫龍だってすぐ助けにいってやるぜ? なにもさぁ、おまえに泣きつかれても喜びもしないような奴に泣きついてくことないじゃんか」

星矢は、瞬と一緒にいるらしい。
すぐに瞬のあの可愛い声が、まるで諭すように星矢に答えを返す。


「お財布のお金はね、人にあげるとなくなっちゃうでしょ? でもね、人の優しい気持ちはね、人にあげなきゃなくなっちゃうんだって。氷河は優しさのあげ方、よく知らないの。人にあげるの、へたっぴなの。僕が頑張ってもらってあげなかったら、氷河の心が壊れちゃうじゃない」





俺は、ふいに昼寝を中断させられて、寝ぼけていた。
それで、瞬のその言葉を、
『瞬は、俺がへたっぴだから、同情して、俺にまとわりついてるんだ』
と、頓珍漢に理解した。
誤解した。


俺にとって“同情”は、“屈辱”と同義である。



だから、俺は、その場で固く決意したんだ。
『これからは、たとえ、それがどんなことでも、俺のことを下手くそだなんて、絶対誰にも言わせない!』
――と。















「その成果がこれ?」


あの屈辱の日から6年。

俺の横でぐったりしていた瞬が、疲れ切った声で尋ねてくる。


「まあ、とんでもない誤解だったわけだが、結果オーライだろう? おかげで俺は今、こんなにおまえを悦ばせてやれる」




幼い頃と変わらずに少女めいた面差しの瞬は、腹立ちを抑えきれない様子で、きっぱりと俺に白い背を向けた。







Fin.






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