闘いと闘いの合間に横たわる、束の間の日常。
一つの闘いを生きて終えることのできた安堵感と、次の闘いを迎える前の緊張感が、そこにはあった。


「氷河……あの……?」
「もちろん、仲間だの友達だの、そんなものとしてじゃなく、だ」

氷河の告白に戸惑う瞬とは対照的に、氷河の態度は、実に淡々としたものだった。
まるで、つい先程済ませたばかりの夕食の話でもしているかのように。

その瞳の色だけが、異様に深い。
深くて、人も動物も生きて存在できない白い北の大地のように静かだった。

「……仲間でも友達でもなかったら……何?」
「おまえに、何よりも誰よりも俺を優先してほしいということだな。ま、世間一般的には恋人とでも言うのか」

軽い目眩いと当惑を振り払って尋ねた瞬に、氷河が、とんでもない答えを――瞬にしてみれば――返してくる。

「僕、男だけど」
「そのようだな」
「氷河も男だと思うけど」
「奇遇だ」
「…………」

これを、意味のある会話と言っていいものだろうか。
瞬は、気を取り直して、話の切り口を変えた。

「氷河、女の子にもてるでしょ」
「老若男女すべての人間をひっくるめて、おまえ以上に好きになれる相手はいない」
「でも、そんなの変だよ」
「おまえ以外の誰も必要じゃない」
「でも、変だよ」

そう答える以外、瞬にどうすることができただろう。

氷河は、彼が望む方向に進んでいかない会話に、早々に見切りをつけたようだった。
小さな溜め息を一つ、洩らす。

「……平行線か」
「え?」

彼は、掛けていた椅子から、おもむろに立ちあがった。
瞬の運んできたお茶のカップに、全く手をつけないままで。

「おまえが俺と――そうだな。俺と寝てもいいと思えるようになったら、声をかけてくれ。俺は多分── 一生、おまえ以上の誰かに出会えるとは思えないから、半永久的に、おまえの返事を待つ」
「半永久的に……って、そんな……」

まっすぐに自分に向けられた氷河の視線から、彼はふざけているのではなく、至って真剣なのだということは、瞬にも感じとれた。
だが、瞬にはわからなかったのである。

どうしてそんなことを、こんなにも軽々しく、氷河は断言してしまえるのか――ということが。
瞬には、明日のことすら――自分自身の明日のことすら定かではないというのに。

まして、これは人の心のことである。
いつ、どんなきっかけで、どんなふうに変わってしまっても、誰も非難する権利を持たない人間の心のことなのである。
軽々しく誓うことは、瞬には、軽薄な行為のように思われた。

「あまり気にするな。暇ができた時、俺より好きになれる人間がいるかどうかを考えてくれるだけでいい」
瞬の生真面目さを承知している氷河が、諭すように言って、微かに笑う。

「…………」
そう言われても、瞬には頷くことができなかった。

いないのだと――氷河以外にそんな人はいないのだと――わかる時は、いつやってくるのだろう。
その答えを、永遠に得られなかったら、氷河はどうするつもりなのか――?

瞬の疑念を、氷河は見透かしていた。
「深刻になるな。待つのは慣れてる。なにしろ、俺は、ずっと死人ばかりを待ち続けてきたんだからな。答えが返ってこないことにも──慣れている」



彼は、それだけ言い置くと、瞬の前から姿を消した。

生まれて初めて人から好きだと告げられたことへのときめきなどありはしない。
瞬に残されたのは、ただ、戸惑いと混乱だけだった。





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