兄とジュネが、結局のところ、『自分で決めろ』と忠告してくれているのだということは、瞬にもわかっていた。
最終的に決断するのは自分自身しかいないということも、瞬は承知していた。

だが、瞬は、自分に向けられる氷河の目に出会うと、どうしてもまともに思考力を働かせることができなくなるのだ。


「僕を見ないでよっ!」
「目が勝手におまえを追うんだ」

瞬が氷河を責めると、彼は、なぜそれがいけないのかと言わんばかりの態度をとる。
改めるつもりは全くないようだった。

瞬は、泣きたい気分になり、
「恐い……。僕、氷河が恐いんだよ……!」
そして、実際に、氷河の前で、瞬は悲鳴じみた声をあげ、泣き出してしまったのである。

まるで2、3歳の幼児のようにべそをかき始めた戦友に、さすがの氷河も少々面食らってしまったらしかった。
瞬の肩に伸ばしかけた手を途中でおろし、それから彼は、小さく苦い笑みを作った。
「……俺は何もしない。ここで、おまえをさっさと抱きしめてしまえば、おまえを俺のものにできるとわかっていても、おまえには俺しかいないことがわかっていても」

「…………」
なぜ、氷河はそう確信できるのだろう。
瞬は、自分自身の気持ちさえ掴めずにいた。

瞬は、氷河のその自信が恐かったのである。
そして、確とした根拠もなく、氷河の言うことは真実だと信じてしまいたくなる自分自身までもが恐かった。

氷河のように、凍りついた炎のような目で自分を見詰める者は、他にはいない。
氷河が、そんな眼差しを自分以外の誰かに向けているのを見たこともなかった。

だが、それが“特別”だということなのだろうか?
人は、どんなふうに恋という領域に足を踏み入れるのだろう――?

瞬にはわからなかった。



好きだと言われる。
だから気になる。
あるいは、以前から気になっていた。
そして、自分も相手を好きになる。

現在の自分が、まさにその状態に陥っているというのに、瞬にはそれがおかしなことのような気がしてならなかったのである。

現実はそんなものなのかもしれないと思いはしたが。
誰もが、そんな些細なことがきっかけで、特別な間柄になるのかもしれないと、思いはしたのだが――。


瞬は、決して、運命というものを信じているわけではなかった。
運命づけられた恋人同士が、運命に導かれ、劇的な出会いを出会い、当然のことのように恋に落ちる。
――そんなことはありえない。
一輝の言うように、それはただの偶然――タイミングの問題なのだ。

自分にとって、氷河が特別な存在なのだということは、以前からわかっていた――ような気がする。
ずっと前から、確かに、氷河は他の仲間たちとは違っていた。
しかし、その“特別”の意味が“恋”だなどとは、瞬はこれまでただの一度も考えたことがなかった。
まして、氷河と肌を合わせることなど――氷河の言を借りるなら『寝てもいい』と思うことなど――瞬にはありうべからざることだった、のだ。

氷河に、『好きだ』と告げられた、あの日までは――。





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