「――てなことにならなくて、良かっただろう?」

にやにやと嫌らしく笑って言う氷河を、瞬は思い切り睨みつけた。

「それがっ! 突然、僕を好きだって言うなり、僕の答えも聞かずに押し倒して、こんな傍若無人をしでかしたことの言い訳なのっ !? 」

「気持ち良さそうに、いい声で鳴いてたくせに」
事実を言葉にして言われ、瞬は激昂した。

自分の横で、悦に入って肘枕をしている氷河の枕を引っ張って取りあげ、手加減もせずに、彼の顔に叩きつける。
既に、氷河に裸身を見られることへの羞恥もなかった。
身体中を隅から隅まで観察され、舐めまわされさえした後で、そんなものを感じても無意味である。

「氷河とは絶交します!」
「明日の夜までな」
ぶつけられた枕を脇に押しやり、氷河はシーツの上にある瞬の指先に舌を這わせてきた。

「ばかっっ !! 」

この暴走男には、何を言っても無駄である。
瞬は、先程まで我を忘れて痴態を演じていたベッドに身体を投げ出すと、散々氷河を楽しませてしまったその身体を毛布で覆い、彼に背中を向けた。

それでも、ベッドから出ていこうとしない瞬に、氷河が苦笑する。

「俺はおまえが好きなんだ。瞬」
気が立っている仔猫の喉をくすぐるように、氷河は瞬を背中から抱きしめ、その耳許で囁いた。

「知りません!」
「誰よりも何よりもおまえが大切だ」
「言ってることとしてることが矛盾してます! 氷河は、自分の大切なものにこんな無茶するんですかっ !? 」
ご機嫌斜めの仔猫は、なかなか機嫌を直してくれない。

「こうでもしないと、おまえは色々考え過ぎて、40になっても60になっても、俺を受け入れてくれないだろう? 俺の他に好きな奴なんかいないくせに。人間、幸せになりたかったら、時には思い切って馬鹿になることも必要だぞ」

自分勝手な理屈をこねる氷河の言い草に、瞬は機嫌を直すどころではなかった。
瞬にとっても、二人にとっても、初めての夜、だというのに。

「これが僕の幸せだなんて、どうして氷河に言えるんですかっ!」
「本当に嫌なら、おまえは俺をブッ飛ばしていたはずだ」

「う……」
それを言われると、反駁の仕様がない。

投げつける言葉を失ってしまった瞬に、氷河が再度繰り返す。
「おまえが好きなんだ。答えをくれ」

「僕の幸せを、そんなに自信満々に決めつけられる人には、僕の答えなんかわかってるんじゃないのっ !? 」
耳にかかる氷河の吐息に耐えられなくなって、瞬は、胸に絡みつく氷河の腕を振り払い、身体の向きを変えた。
今度は、面と向かって、氷河を罵倒する。

「おまえの口から聞きたいんじゃないか」
氷河は、まるで、瞬の無粋を責めるような口振りだった。
これでは、瞬も、機嫌の直しようがない。

「死ぬ時、返事したげるよ! その時には、氷河の判断が正しかったかどうかの答えも出てるでしょうから!」

瞬の怒声を正面から受けとめた氷河の顔に、喜悦の表情が広がる。
「約束だぞ。おまえは死ぬ時に必ず、その返事を俺によこす」

「約束するよ。それまでは絶対に返事なんかあげない。僕が死ぬ時まで!」
「ああ、約束だ」




瞬が約束を守る人間だということを、氷河は知っていた。
瞬は、人と軽々しく約束を交わす人間ではない。


瞬は、約束を守るだろう。

そして、おそらく、死ぬ時までずっと、その答えを胸に抱き続けるのだ。





Fin.






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