気がつくと、そこは冷たい北の海ではなかった。

氷河の身体は暖かい空気と寝具に包まれていた。

今は冬ではなく春で、北の海での出来事はただの悪夢だったのではないかと、春の暖かい陽だまりの中で、自分は悪い夢を見ていただけだったのではないかと、氷河は錯覚した。

だが、目を開けた氷河の視界に映ったのは見知らぬ部屋の天井で、そこは、母とふたりで暮らしていた質素で静かな部屋のそれとは趣を異にしていた。

天井の高さ、広い空間、大きな寝台と、人工的に調整されているとしか思えない清浄な空気、室温。

もしかしたら自分は一度あの北の海で死に、そして王子様にでも生まれ変わったのかと、氷河は、ありえないことを考えた。
氷河にとって、そこは、そういう部屋だった。





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