「氷河、どうして、そんな意地悪な態度をとるの。迷子の子供なんだよ? 優しくしてあげなきゃ。不安そうな目をしてるじゃない」
「……可愛げのないツラだ」
「とっても綺麗な子だよ。氷河に似てる。確かに……あんまり子供らしくはないけど」

食器の片付けられたテーブルで、瞬と無礼な男が自分の品評をしているのに、氷河は無関心を装って聞き耳を立てていた。
瞬に綺麗だと言われるのには悪い気はしなかったが、自分がこの無礼な男に似ているというのなら、それも大したことはないのだと思う。
氷河の目には、無礼な男より瞬の方がずっと綺麗に見えていた。


「ママの名前は? どこから来たのか憶えてる?」
「知らない」
「教えてくれないと、警察に頼むしかなくなるんだ。できれば、おおごとにはしたくないんだけど……」
「知らない」
「…………」

あくまでも黙秘権を行使する氷河に困ったように、瞬が肩をすくめる。
だが、氷河は、言ったところで信じてもらえないことをわざわざ口にする愚を犯すつもりはなかった。
そもそも、自分が遠い北の海から魔法でここに飛ばされてきたのだということは、氷河自身にも信じ難いことだったのである。


「警察に連れて行くのはやめた方がいい。多分、警察にもお手上げだろう」
「…………」

まるで氷河の事情を知っているかのような口振りで、無礼な男が、瞬の詮索に横槍を入れてくる。
無礼な男そのものは気に入らなかったが、氷河は、瞬がこの男の忠告に従ってくれればいいと、胸中で祈っていた。

氷河の祈りは通じたらしい。
瞬は、それ以上の詮索はやめることにしたようだった。
もっとも瞬は、氷河へのお節介まではやめる気はないようだったが。

「お洋服、買ってこようか。もう少し薄手の」
「俺に親切にしても、何もいいことはない」
「そんなことないよ。君が綺麗な格好をしてくれたら、僕はそれを見て楽しめるじゃない。それに、明日はバレンタインデーだから、僕も買い物があるの」

「バレン……? なんだ、それは?」
「知らないの? じゃあ、明日のお楽しみだね」

そう言って、瞬が笑う。
何が嬉しくて瞬はいつも笑っているのかと、氷河は不思議でならなかった。
世の中は、不信や軽蔑や不幸や苦しみに満ちているというのに――。





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