「おい、ガキ。俺のことなんかは信じなくてもいいが、おまえは必ず幸せになる。それだけは保証してやるよ」
無礼な男が、氷河に告げる。

「……おまえは、俺なのか」
「何だ。気付いてたのか」

氷河が予測していた通りの答えが、未来の自分から返ってくる。
これは、そういう魔法だったのだ。

「生きていれば、瞬が俺のものになるんだな」
「──そうだ」

それさえ確かめられれば、この魔法が行なわれた目的は達せられる。
氷河は、その場に立ち上がり、自分よりもずっと背の高い“氷河”を見上げた。
そして、言った。

「俺は死なない。絶対に。一人でも、何があっても。死んでたまるか」

「ああ、それがいい」
“氷河”が、懐かしそうな目をして、氷河を見詰める。

「わかった。俺は生きる」

“氷河”の手からコートを受け取り、代わりに、瞬から貰ったチョコレートの箱を未来の自分に手渡して、氷河は大きく深く息を吸い込んだ。


「マーマの……最期の姿を見に戻る」

歯を食いしばり、涙をこらえて、氷河は“氷河”にそう告げた。
その時間を通過しなければ、自分は“氷河”の幸福を手に入れることはできないのだ。

幸福とは、おそらく、そういうふうにして手に入れるもの――感じることのできるものなのに違いない。



「おい、ガキ! 瞬にもう一度会ってからでも――」
幸福な庭から姿の消えかけている氷河を、“氷河”の声が引き止める。

幾つになっても甘ったれな男だと、きっと瞬が甘やかしすぎているのだと、氷河は、未来の自分自身を嘲笑した。


「……頑張れよ、“氷河”」

それが、氷河に聞こえた“氷河”の最後の言葉だった。





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