氷河を星の子学園に行かせたのは星矢だったらしい。 外出嫌いの氷河の姿が見えないのを訝っていた瞬のところにやってくるなり、星矢は大仰な身振りで頭を下げてみせた。 「今のうちに謝っとくぞ、瞬」 「え?」 星矢に謝られるようなことをされた覚えがなかった瞬は、首をかしげるしかなかった。 そんな瞬を見て、星矢が、心底から申し訳なさそうに、事情の説明を始める。 「氷河は、俺に頼まれて、今、星の子学園に行ってる。星の子学園でDVDプレイヤーを買ったんだけど、美穂ちゃんたち、テレビへの接続がわからなくて困ってるんだ」 「へえ。DVDプレイヤー買ったんだ。最近、新作のソフトはほとんどDVDだもんね」 そう言って相槌を打ってみせながら、瞬は、しかし、それがなぜ星矢の謝罪につながるのか合点がいかないままだった。 「うん。でも、接続がわからないってのは嘘なんだ」 「え?」 ますます訳がわからない。 ひたすらきょとんとするばかりの瞬に、星矢はしばらく恐縮してみせていたのだが、やがて、言いにくそうに口を開いた。 星矢の説明によると。 星の子学園にいる、星矢の幼馴染みの美穂の同僚の絵梨衣が、どういう気の迷いからか、氷河を好きになり、二人が会える機会を作ってやりたいから協力してくれと、美穂に泣きつかれた。 で、仕方なく星矢は、口実を作って氷河を星の子学園に向かわせた――ということだった。 「…………」 瞬としては、どういう反応を示したものか、戸惑うしかなかった。 星矢は、氷河と瞬が、いわゆる“わりない仲”だということを知っているのである。 意外のあまり、怒りもしなければ喚きもできずにいる瞬に、星矢は平身低頭である。 「わりぃ! 俺、美穂ちゃんに泣かれると弱くってさー。なにしろ、ガキん時は泣かせてばっかりだっただろ。それでさー」 珍しく下手に出てくる星矢を、瞬は責めることができなかった。 代わりに、小さく微笑する。 「絵梨衣さんって、大人しい感じの可愛い人だったよね」 「でででででも、おまえの方がずっと可愛いし、氷河が絵梨衣ちゃんにヨロめくはずもないし、だから――」 「星矢に可愛いって言われても、あんまり嬉しくないなぁ」 瞬は、わざと話題を逸らした。 それが瞬の憤りの表し方なのだと思ったのか、星矢が情けない顔になる。 「瞬〜っ、怒ってんのかー !? 」 「怒ってなんかいないよ。絵梨衣さんと氷河、案外、お似合いかもね」 「瞬〜〜〜っっ !! 」 星矢が、瞬を拝む格好で、大袈裟に幾度も頭を下げまくる。 だが、星矢はその時、瞬のその言葉をただの皮肉だと思い、故に、実は、あまり真剣に事態を憂えてはいなかったのである。 実際、当の氷河は、それから間もなく城戸邸に戻ってきた。 要した時間は、星の子学園までの往復の時間に10分を足したほどのものだったので、彼は星の子学園に行って用事を済ませるとすぐに戻ってきてしまったらしい。 これなら、絵梨衣が氷河に迫る時間もなかっただろうと、星矢は安堵した。 美穂に、次はどんな“頼み事”を持ち出されるかという不安はあったにしても、である。 |