しかし、瞬は、その一言だけで、自分の弱さを清算してしまうことはできなかったのである。
絵梨衣を訪ねてきたのは、氷河だけではなかったらしかった。

「星矢さんからも聞きました」
「え?」
「星矢さんも来たの。氷河さんとちょうど入れ替わりに。氷河さんと瞬さんのこと教えてくれて、軽々しく私に手を貸したりして悪かったって、頭を下げていかれました」
「……星矢が?」

それは、いかにも星矢らしい行動だった。
星矢は、単純で明解で正しい世界を愛しているのだ。
星矢には、無意味に複雑な様相を呈している現実など、居心地が悪くて仕様がないのだろう。

「星矢さんも、さすがに、氷河さんが私の気持ちに気付いてないとは思っていなかったみたいで、瞬さんが私に協力してるのに、氷河さんは怒ってるんだと思ってらしたみたいですけど」

それはそうだろう。
氷河がそこまで女性心理に疎いということは、瞬ですら、今の今まで知らずにいたことなのだ。

「瞬さんが、こんなふうになるのは、氷河さんのことでだけで、瞬さんは、他のことは何でもちゃんと真正面で受け止める人だから……って。闘うことだって、ほんとは大嫌いなのに、瞬さんは必死に頑張ってて、でも、瞬さんは氷河さんのことでだけ、弱くなるんだって。だから許してやってくれって、言ってました」

「…………」
あの星矢にそこまで見透かされるほど自分は愚かになっていたのだと思うと、瞬は言葉もなかったのである。
そして、瞬は、星矢の優しさに感謝した。


「そこまで言われたら、私も諦めるしかないでしょう?」
「絵梨衣さん……」

絵梨衣が、肩を窄めて笑顔を見せる。
諦めの色の混じったその笑顔に、瞬はどうしても罪悪感を覚えずにはいられなかった。
罪悪感を抱くこと自体を傲慢だと思いはしても、どうしても。

が、絵梨衣の表情から、すぐにその暗さは消えていった。
暗さどころか、むしろ元気良く、絵梨衣は応接室に大きな声を響かせた。
「あー、もう、でも、私のこの健気な乙女心が全然通じてなかったなんて、もう、可愛さ余って憎さ百倍! あんな鈍感男に、乙女の純愛を捧げてたなんて、自分で自分に腹が立ってくるわーっっ !! 」
「え……絵梨衣さん?」

「深入りする前にわかってよかったと思ってるから、瞬さんは気にしないでいいんです。氷河さんがあーんな馬鹿だったなんて、ほんとの本気になってからわかってたら大変だったわ」
「…………」

まるで清々したとでも言わんばかりに絵梨衣はそう言うが、それは瞬を傷付けないための強がりなのだろう。


「ごめんなさい」
瞬は、もう一度、絵梨衣にその言葉を告げた。






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