愛は美しく気高いものです。 そして、愛は、いつも誰かに守られるばかりだった弱いたぬきを強くもします。 氷河たぬきの冷たい言葉と空腹のせいで、一度はその場に倒れ伏してしまった瞬たぬき。 瞬たぬきは薄れゆく意識の中で、ふと考えたのです。 こんなところで、こんなふうに死んでいくくらいなら、たとえ辿り着くことはできなくても、剥製にされたたぬきの身体を元通りに修復してくれるという、伝説のジャミール・ショジョ寺を目指すべきなのではないか──と。 木曽のお山の外を知らない瞬たぬきには、その冒険に挑むことは果てのない大海に小さな小舟で漕ぎ出すのと同じくらいの勇気が要りました。 住み慣れた木曽のお山を出ることなんて、瞬たぬきは、これまで一度も考えたことがありませんでした。 けれど。 けれど、どうせ死んでしまうのなら。 どうせ死んでしまうのなら、ここで死ぬよりも、微かな希望を信じて、生きて生きて生き抜いてから死ぬ方がずっといいのではないかと、瞬たぬきは思ったのです。 瞬たぬきは、立ち上がりました。 剥製にされてしまった愛する氷河たぬきに、再び熱き魂を吹き込むために。 瞬たぬきは、ふらつく足で、再び氷河たぬきの側に歩み寄りました。 そして、彼が右手に握らされていたとっくりを外すと、氷河たぬきの手をしっかりと握りしめたのです。 瞬たぬきは走り始めました。 剥製にされてしまったたぬきを元の身体に戻してくれるという、伝説のジャミール・ショジョ寺を目指して! (瞬……!) 驚いた氷河たぬきは、瞬たぬきの名を呼びましたが、瞬たぬきは、ただ前だけを見詰めて、必死に走り続けています。 氷河たぬきは、瞬たぬきの決意に満ちた眼差しを見ると、何も言えなくなってしまいました。 剥製にされてしまった氷河たぬきの身体は軽くなっていましたので、瞬たぬきが全速力で走ると、いつの間にか氷河たぬきの身体は、ぷわ〜☆ と宙に浮いてしまいます。 二人の逃避行は、傍から見ると、生きているたぬきが、たぬきの風船を持って走っているようにしか見えませんでした。 空腹で今にも倒れそうなはずなのに、瞬たぬきは走って走って走り続けます。 いったい、やせ細っていた瞬たぬきのどこに、こんな力が残っていたのでしょう。 瞬たぬきは、ひたすら走り続けました。 やがて朝が来て──。 中山道馬籠宿のお宿のご主人は、自分のお宿の看板だった氷河たぬきの姿が消えていることに気付いて大慌てです。 剥製氷河たぬきは、中山道馬籠宿の看板たぬきにして、スーパーアイドル&スーパースターでした。 スターの駆け落ちが、そうそう許されるはずもありません。 お宿のご主人は、急いで中山道観光協会に、この緊急事態を報告、中山道観光協会のおじさんたちは、すぐに駆け落ちした二匹を追いかけ始めたのです。 迫り来る追っ手。 走る瞬たぬき。 宙に浮く剥製氷河たぬき。 更に迫る追っ手。 転ぶ瞬たぬき。 やっぱり宙に浮く剥製氷河たぬき。 しつこく迫る追っ手。 立ち上がり、再び走り出す瞬たぬき。 あくまで宙に浮く剥製氷河たぬき。 中山道を舞台に繰り広げられる、愛と愛と愛と愛と愛だけの逃避行! 瞬たぬきの目指す先には、生きることと愛することへの希望の光だけがあります。 一度は知ってしまった絶望ゆえに、希望を求める瞬たぬきの意思の力は強固でした。 ──瞬たぬきは、必ず、伝説のジャミール・ショジョ寺に辿り着くことでしょう。 そして、必ず、氷河の身体を元に戻し、二匹の幸せをその手に掴むことでしょう。 万一、力及ばす、中山道観光協会のおじさんたちに捕まって、目的を果たすことができなかったとしても、瞬たぬきは、幾度でも、いつまででも、氷河たぬきと自分の幸せのために、恋の逃避行と伝説のジャミール・ショジョ寺に挑み続けるに違いありません。 そうして、いつかきっと、絶対に、瞬たぬきと氷河たぬきは幸せになるのです。 そのために、瞬たぬきと氷河たぬきは生まれてきました。 ですから。 瞬たぬきは、走り続けます。 その愛と命が続く限り。 瞬たぬきは、いつまでも、命の限りに走り続けるのでした。 ……to be continued forever
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