彼は、遠い北の国で生まれ育ってきたのだと、瞬は教えられた。 日本語はほとんど喋れないし、読み書きもできないのだと。 実際、城戸邸に集められた子供たちの前に連れてこられた時、彼は挨拶ひとつせず、無言で瞬たちを睨みつけただけだった。 瞬は、だが、これまで見たこともない金色の髪と青い瞳に目を奪われて、彼の無愛想な睥睨になど、気付きもしなかったのである。 「名は氷河だ。ちゃんと世話をしてやれよ。いらん面倒は起こすな」 この家の、髪のない雇われ人に投げ遣りに言われた時も、瞬は、張り切って頷いた。 普通の子供と同じように動くことが奇跡に思えるほど綺麗な新しい仲間と一緒にいられるようになるこれからの日々が、楽しみでさえあった。 氷河は、言葉だけでなく、日本の生活習慣もほとんど知らないようだった。 城戸邸は、いわゆる洋式の住居だったが、それでも部屋によっては土足を脱いで内履きに履き替える。 だが、氷河はどこででも土足で通そうとした。 ベッドにすら、平気で土足のまま倒れ込む。 食事の仕方、風呂の入り方も勝手が違うらしく、瞬はそのたびにあれこれと世話をやいてやった。 氷河は、瞬の言葉は理解できていないのだろうが、瞬の指図には黙って従っていた。 彼はいつまで経っても、ほとんど言葉を――声すら――発することがなかった。 どんなに面倒を見てやっても、瞬は、彼から、『ありがとう』の一言さえ言ってもらえなかった。 それでも、瞬は満足していたのである。 自分に理解できない言葉を話す人間しかいないところに、ふいに連れてこられれば、誰でも戸惑うものだろうと、瞬は思っていた。 瞬は、氷河の無愛想も無言も、まるで気にならなかった。 むしろ、瞬は、素晴らしく綺麗な人形を与えられたような気がして、浮かれていたのである。 氷河と一緒にいられることを、瞬は、得意にさえ思っていた。 |