一見したところ、氷河は、精神科医や心理療法士の世話になるような者たちとは全く別の世界に住む男だった。

琥珀色の液体をたたえたグラスを手にする彼は、どういう見方をしても、自信に満ちたエグゼクティブオフィサーで、現在にも未来にも不満や不安はなさそうに見えた。
何らかの障害や困難に出合っても、その才覚で乗り越えていくことができ、まかり間違っても精神神経科の医師に頼るようなことはない種類の人間だろう。
それでも、紫龍は、彼に、常人とは異質な何かを感じてしまうのだ。


会うのがほぼ一ヶ月ぶりのクラブのバーで、紫龍は、今更ながらにまじまじと、この出来すぎた男を観察してみたのである。

氷河は、仕立てのいいスーツを自然に着こなしていた。
カフスやタイタックは当然のごとくにダイヤで、それが見事に彼の付属品になり果てている。
氷河は、外見だけは、顔の造作も体格も身なりも申し分のない男だった。

だが、氷河という男を知っている紫龍には、彼が機械的にタイを結び、無表情にアクセサリーを選ぶ図が容易に想像できてしまう。

外見も才能も申し分のないこの男は、感情の起伏に乏しく――というより、ほとんどなく──ともすると、五感すらないのではないかとすら思えるほど無感動な人間だった。

酒の味すら、わかっているのかいないのか、紫龍には判断しきれないところがあった。
決まって高いブランデーを選ぶところを見ると、好みというものはあるらしいのだが、事実は単に飲みなれているものを選んでいるだけなのかもしれない。

彼は、だが、決して鈍感なわけではなかった。
洞察力がないわけでもなく、他人の思考や感情を読み取れないわけでもない。
でなければ、経営者として成功できるはずがなかった。
ただ、彼は、それらのものに心を動かされないのだ。

紫龍の目には、氷河の行動や言葉はすべてが冷徹で、計算づくに見えた。
というより、彼は必要で当然のことしかしないのだ。
そして、彼の周囲の物事は、すべて彼の計算通りに動くのである。

冷徹な切れ者だと評価されていた。
失敗や挫折を知らない男とも。

だが、氷河自身は、自分を冷徹とも冷酷とも思っていないのだろう。
実際、彼は、陽気なわけではないが、陰気なわけでもなかった。
温かみがないのではなく、そして、冷たいのでもなく──しいて言うなら、氷河には“温度がない”のだ。


だが、彼が何かを求めていることだけは、紫龍にもわかっていた。

氷河には、色気というものがあった。
万人に感じとることのできる性的魅力があったのである。

それは、たとえば、恋人は求めていないが、恋だけは熱烈に求めているような空気──と言ってしまっていいようなものだった。
そして、その雰囲気だけが、彼を、造作の見事な彫刻ではなく、血の通った人間に見せていた。





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