「……おまえがいなかった」

まるでしがみつくようにして、瞬の肌に頬を埋める。
瞬は、大きな子供に呆れたように、だが、優しく、氷河の髪を撫でてくれた。

「ほんとに、氷河ってば、子供みたい。僕、ここにいるよ」
「ああ」
「ずっと、側にいるからね」
「ああ」

抱きしめた瞬の身体は温かかった。
妙に現実感のある悪夢の後で触れる、夢のように優しく心地良い瞬の温もりと感触。
どちらが夢なのかは、氷河にはわからなかった。

普通に考えたなら、こちらの世界の方が現実的ではないことはわかっていた。
次から次へと馬鹿げた闘いを挑む者たちが現れ、闘いの意味も意義も知らぬままに闘い続けなければならない世界──それが、氷河が瞬と共に生きている世界なのだ。


だが、こちらの世界こそが夢なのだとしても、氷河はもう二度と、あちらの世界には戻りたくなかった。
あの無感動な虚無の世界には。


「瞬……」
氷河は、堅く瞬を抱きしめ、その存在を確かめるように、もう一度その名を口にした。


辛く悲しい闘いの日々。
終わらない闘いの続く世界。

だが、この世界こそが、氷河の幸福の地だった。

この世界には、multum admirari ――氷河の感情と情熱の源があるのだ。





Fin.






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