「……氷河さん」
「氷河で結構です」

言われて頷き、瞬は不愉快な予感を感じながら、彼に尋ねてみた。
「……氷河。もしかして、あなた、僕のことも女の子だと思ってる?」

「…………」
氷河には、それは、意想外の質問であったらしい。
無言でいることで、彼は瞬の言葉を肯定してみせた。

やはりそうだったのかと、瞬が、口許を引きつらせる。
「普通に考えて、女の子が一人で暮らしてるところに、男の人を預けたりするわけないでしょ!」

瞬に頭ごなしに怒鳴りつけられた彼は、一瞬目をみはり、それから心もち瞼を伏せた。
「失礼した。俺はてっきり……」
「てっきり、何?」
「……いや」

氷河が口ごもる。
彼は瞬を、かつての敵国人の――今は日本の支配層に属しているはずの国の男の――無聊を慰めるために用意された、春をひさぐ種類の女性か何かと思っていたのかもしれなかった。

彼に、その気があったのかどうかはともかくも、たとえ一瞬でも、自分がそんな目で見られていたという事実に、瞬は憤慨した。


「──そうか、では、連合軍は、日本の文化を廃絶することで、日本を真に支配しようと画策したんだな」
氷河の呟きが、瞬の憤懣を霧散させる。

染髪や男子の長髪が日本の文化の廃頽に繋がるなどということを、瞬は考えたこともなかった。
実際そうなのだとしても、それは日本人が自発的にしていることである。

氷河は、その事実を嘆かわしく思っているようだった。
髪や瞳の色が黒くないために、この国を出る羽目になってしまった異国人には、せっかくの黒髪を他の色に変えてしまう者たちの心情が理解できなかったのかもしれない。


「俺が軍隊に入ることができさえすれば、我々はこの国を出ていかずに済み、母はあんなことにはならなかったのに……」
無念の思いを乗せて、氷河が呻くように言う。

瞬は、氷河のその言葉に眉をつりあげた。
「僕、戦争嫌いだよ!」
「俺もだ」

間髪を置かずに、氷河が言葉を継ぐ。
氷河の眼差しは真剣そのもので、その思いがけない反応に、瞬は怒らせていた肩から、すとんと力を抜くことになった。

「……だったら、どうして軍隊に入りたいなんてこと考えるの」

そんな事態に直面することになったら、自分なら逃げる――地の果てまででも――。
そう、瞬は思った。

憎んでもいない相手を、『敵対する国の人間だから』などという、訳のわからない理由で傷付けなければならなくなるくらいなら、むしろ『卑怯』や『臆病』のレッテルを貼られる方が余程ましである。


「──今は、本当に平和なんだな」
彼は、瞬の問いには答えず、ただ、ひどく切なそうに微笑した。





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