瞬は、その日の午後までは確かに、兄が兄の選んだ人との結婚を決めたことを喜んでいた――喜んでいるように見えていた。
その日の午前中、嫌がる兄を強引に、式の衣装の仮縫いの場に引っ張っていったのも瞬だった。

瞬の行くところには、当然氷河もついていく。
彼の目的は、柄にもないブライダル・タキシードを着せられる一輝を嘲笑ってやることだったのだが、意外にも、瞬の兄は、それをそつなく着こなしてみせた。

氷河は、
「ま、こういうものはツラじゃなく、肩で着るもんだからな」
と、からかうのが精一杯だったのである。

純白のドレスを身にまとい、瞳を輝かせて一輝の横に寄り添う女性への遠慮もあった。


氷河は、実際、一輝の決意を瞬以上に喜んでいたのである。
これで、瞬のブラコンが治り、今まで以上に瞬が自分を見てくれるようになるのなら、これほど喜ばしいことはない。

弟と全く同じ顔の花嫁を見付けてくるあたり、一輝のアタマはどうなっているのかと心配しないでもなかったが、瞬や一輝との彼女の会話を聞いている限り、瞬の未来の姉は、性質も穏やかで心優しく聡明そうな女性に思えた。
色々と苦労を重ねてきた女性らしく、その言動には思い遣りが感じられたし、瞬との相性もいいようだった。

瞬と同じ顔をした女性が白いドレスを身にまとい一輝の横に立つ様には、少々複雑な思いを抱かないでもなかったのだが、氷河は、これで全てが良い方向に向かうものと信じていたのである。


「……瞬。どうして急にそんなことを言い出したんだ。今日だって、おまえ、エスメラルダのドレスを見て、似合うだの綺麗だのと浮かれていたじゃないか」

“昨日”は既に“今日”になっていた。
裸の瞬の肩を抱き寄せて、なんとか瞬の無謀な計画を考え直させようとした氷河の腕を、瞬が払いのける。

「僕だって、気が変わることくらいあるの。だいたい、兄さん、僕とそっくりな人を連れてきてお嫁さんにするだなんて、なに考えてるんだか! 僕の方がずっと可愛いのに!」
「え? いや、彼女はおまえと同じ顔を……」
「氷河、何か言った?」

瞬にじろりと睨まれてしまった氷河が、慌てて、その先の言葉を喉の奥に押しやる。

『頼むから勘弁してくれーっっ !! 』
と、声にならない呻き声をあげて、氷河は枕に突っ伏した。






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