目には目を、というわけではないのだが、次に“最悪のタイミング”を利用しようとしたのは、氷河の方だった。
瞬の身体を散々刺激し、瞬の中が疼き始めた頃を見計らって、氷河は瞬に言ってみたのである。
「瞬、本当にどうしたって言うんだ? おまえ、最初は喜んでいたじゃないか。これで少しは一輝も落ち着くだろうって」

しかし、瞬は、氷河ほどにはたやすく陥落しなかった。
細い腕を氷河の首に絡ませ、その先をせがむように、自分の身体を氷河に押しつけながら、瞬は、少し媚びたように氷河に誘いをかけてきた。

「そんなの知らない。氷河、こんな時に、そんなこと言い出さないでよ。ね、そんなことより……」

最初に“こんな時”に、“そんな”話題を持ち出したのは瞬の方だったというのに、そういう手段を採る氷河を、瞬は平気で非難する。

氷河は、瞬の誘惑に、(一応)必死に抵抗した。

「おまえな……。同性の恋人がいる弟を持ったブラコン男のところに嫁に来てくれる奇特な女なんて、そうそういるもんじゃないぞ。わかっているのか?」

瞬が未来の姉と初めて引き合わされた場には、当たり前のような顔して、氷河も同席していた。

事前に瞬と氷河の関係を知らされていたせいもあったのだろうが、彼女は、自分の目の前に現れた同性同士のカップルに嫌悪の色も見せず、
「噂には聞いてたけど、聞くと見るとじゃ大違いね。一輝は、瞬ちゃんに、情けない太鼓持ちの変態がつきまとってるなんて言ってたのに、まるで、おとぎ話みたいに綺麗な二人」
と、にこやかに、鷹揚に、言ってのけてくれたのである。

口先だけの社交辞令ではなく――氷河には、彼女が本心からそう思い、そう言っているように見えた。
氷河は、それで、一気に彼女に好印象を抱いたのである。

それは瞬も同様――否、瞬は、氷河以上に、彼女に好感を抱いたようだった。
――のだが。

「僕が氷河といることが兄さんのハンデになるっていうんなら、僕、氷河と一緒にいるのやめるもの」
「瞬……本気で言っているのか」

瞬にそんなことを言われてしまうと、切ないのは、瞬を罠にかけた(つもりでいた)氷河の方である。
困った寂しがりやだと嘆息し、氷河は、瞬の耳許に唇を押し当てた。

「家庭を持ったら、一輝もそうそうフラフラしていられないだろう。きっと、これまでより一輝の側にいられるようになるだろうし、おまえには万々歳じゃないか」
「兄さんが僕を見ててくれないなら、側にいてくれたって、ちっとも嬉しくない。氷河、そんな話しかできないのなら、僕の上からどいて」

「…………」
そう言われてしまっては、瞬の説得はもう続けられない。
氷河は、黙って引き下がるしかなかった。

諦めて、瞬の身体を抱きしめる。

瞬は、いつもより、どこか切なげに氷河に応えてきた。
氷河を受けとめた時に瞬の唇から洩れた喘ぎ声が、氷河の耳には、まるですすり泣いているように聞こえた。






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