歓喜の歌





人を好きになるのは簡単だ。
その気持ちを、相手にうまく伝えることに比べれば。

まあ、世間にはいるらしいさ。
知り合ったその日のうちに、何となく波長が合って、話が弾み、
『オレ、○○ちゃん、気に入っちゃったなー。ケータイの番号教えてくれる? また会おうよー』
なんてことを、気楽に言ってしまえる軽佻浮薄な野郎も。

それはそれで悪くはない。
それで本当にうまくいって、長続きするカップルも、世の中にはそれなりにいるんだろう。
『僕は、誰よりもあなたを愛しています』
なんて、深刻なツラして言われるよりは、言われる側も気楽に応じやすいのかもしれない。

でも、それは、あくまでも、『うまくすれば、うまくいく』だ。
うまくいかなかったら、そいつらは、付き合い始めた時と同じように気楽に別れてしまうことだろう。

だが、俺の場合はそうはいかない。
俺の告白は、絶対にうまくいかなければならない。

理由は単純にして明快。
俺が、俺の惚れた相手と、死ぬまで一緒にいたいと思っているからだ。
他の誰にも渡したくないし、渡すつもりもない。
考えたくもないことだが、もし俺がドジを踏んで、この恋がうまくいかなかったとしても、俺は次の誰かに出会えることはないだろう――と思う。
瞬は、それくらい、俺にとって、特別で特殊で稀有な存在だ。

世の中にいくら人間があふれかえっていると言ったって、瞬みたいな奴は瞬の他に存在しないに違いない。

『どこが?』と訊かれると、答えに窮するんだがな。
瞬はただ、人がよくて、目が綺麗で、いつも一生懸命で、人当たりがやわらかくて、誰にでも優しくて、自分の理想を語れる素直さと、夢を捨てない強さを持っていて、それから、多分世界でいちばん可愛いってだけの奴だから。
まあ、この恋がちょっと普通じゃないところというと、俺が男で、瞬も男だってことくらいか。
大した問題じゃない。


ともかく、これは、おそらく、俺の最後の恋だ。
ここまで本気で、ずっと側にいてほしいと願うほどの思いということでなら、初めての恋でもあるかもしれない。

だから、絶対に失敗は許されない。
俺が瞬を手に入れ損なうということは、とりもなおさず、俺の人生の破滅を意味している。
俺の人生が、豊かで実りある幸福なものになるかどうかが、この告白ひとつにかかっているんだ。


『地上で真に自分のものだと言えるたった一つの魂を勝ち得た者だけが、歓喜の歌を歌う資格がある。そうすることができなかった者は、泣きながらこの場を立ち去れ』
と言ったのは、実際には、そんな魂など手に入れられず、失恋ばかりしていたベートーベン。

だが、俺はそんな阿呆な失恋作曲家とは訳が違う。
完璧で非の打ちどころのない恋の告白を、カッコよくスマートに決めて瞬をこの手に抱き、必ずや勝利と歓喜の歌を歌ってみせるつもりだ。






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