俺が、完璧な恋の告白方法を模索し始めて2、3日が経った頃だった。

「氷河、何かあったの? 最近、元気がないみたいだけど」
と、瞬が俺に尋ねてきたのは。

俺は、城戸邸のオーディオルームで、季節外れの第九を聴いていた。
そのために74分の最長録音時間を持つCDが、ちょうどその仕事を終えた時。

真夏に歓喜の歌を聴いている俺を、瞬は奇妙に思ったようだったが、これは、今の俺には人生の応援歌だからな。

「悩み事があるのなら、話してみない?」
心配顔の瞬にそう言われても、こればっかりは、瞬の親切に甘えるわけにはいかない。
まさか、
『おまえといい仲になるにはどうしたらいいんだろう?』
なんて、当の本人に訊けるはずもない。

だから、俺としては、
「これは、俺が俺自身で解決しなきゃならないことだから」
そう答えるしかなかった。

俺の素っ気ない返事を聞いた瞬が、少し悲しそうな顔になる。
「僕じゃ、氷河の力になれない?」
「う……」

えーい、俺の前でそんな顔をするなっ!
このまま、ここで押し倒したくなるじゃないかっ!

傍迷惑な目で俺を見詰めてくる瞬の前で、俺は言葉に詰まった。
これは、何というか、実に微妙かつ珍妙な問題だ。
瞬にしか解決できない問題の解決を、瞬に頼るわけにはいかないとは。

俺が返事をせずにいると、瞬は、俺に向けていた顔を伏せてしまった。
そして、ぽつりと呟く。
「僕って、結局そうなのかな」

「結局そう――とは?」
「結局、誰の力にもなれないってこと。闘ってる時も、みんなの足手まといになるばっかりで――弱いし……」

瞬は、急に何を言い出したんだろう?
そんなことは断じてないぞ。
実際、俺の人生は瞬に左右されている。

「力ってものは――」
自分がどれほどの力を持っているのかに気付いていない強者ってのは、本当に厄介な代物だ。

「え?」
「力ってものは、人の弱さから生まれるものだろう。誰かのために強くなりたいと思ったら、力はそこから生まれるものだし、おまえはそうやって、今まで闘ってきたじゃないか」
「氷河……」
「おまえには力があるし、これからももっと強くなれるさ」

俺が、瞬の持つ真の力には言及せずに、もっともらしい慰めを口にすると、瞬は、太陽の光を受けて顔をもたげる白い花みたいな仕草で、俺を見あげた。
「あ……ありがと、氷河。何だか、逆になっちゃったね。僕が氷河の力になりたかったのに、逆に慰められちゃった……」

うー、可愛い。
本当に、タチが悪いほど可愛い。
こう素直だと、慰め甲斐もあるってもんだ。
そもそも慰めだの励ましだのってもんは、それを受け入れる姿勢のできている奴にするんでなきゃ意味はないし、むしろ逆効果になることもあるもんだが、俺は、瞬とのやりとりで、そういう経験をしたことが一度もない。

ああ、そういや、以前、星矢が、何をとち狂ったんだか急に、
「俺って、そんなに単純馬鹿かなぁ」
なんて一丁前に悩み事を持ち出してきたんで、
「単純馬鹿な奴が存在することにも、何か意味があるかもしれないだろ」
そう言って励ましてやったことがあった。
そしたら、星矢の奴、
「単純馬鹿で悪かったな!」
と、逆に俺に噛みついてきやがって。

まあ、あの時は、俺も大概投げ遣りなことを言ったとは思うが、そんなことをしてやる義理も義務もないこの俺が、わざわざ励ましてやったって言うのに、何だったんだ、星矢のあの可愛くない態度は!
その点、瞬は本当に素直だ。

――と、そんなことは、今はどうでもいいことだが。






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