最近、こうして顔を合わせるたびに、星矢は、いい加減に亡くなった者のことを忘れろと、氷河に説教をするようになっていた。
氷河はそのたびに星矢の言葉を受け流してきたのだが、いちいち受け流すのにも、そろそろ飽きが入り始めていたところだった。
それぞれの分野で成功している仕事の自慢話でも披露し合っていた方が、はるかに有意義だとも思い始めていた。

「瞬より大人な女も、瞬より分別がある女も、瞬より優しい女も、瞬より利口な女も、瞬より綺麗な女もいたさ。だが、瞬より大人で分別があって優しくて利口で綺麗な女は一人もいなかったな」

総合評価で全員不合格――と、まるで仕事に倦みかけているヘッドハンターのような口調で言った氷河に、星矢が渋い顔になる。
それがいっぱしの男の顔に見えるのが妙におかしい。
氷河は、十代の頃の無鉄砲極まりない星矢のやんちゃな顔を思い出し、今の星矢のそれと比較し、そして、口許に薄い笑みを浮かべた。

「瞬以上の女がいないなんて、そんな贅沢言ってたら、おまえ、死ぬまで一人もんだぞ。おまえなら引く手あまただろ? 思い出の中の瞬だけ見てる必要も義務も、おまえにはないのに」
「そうやって、この十数年間を生きてきたが、別に支障はなかった」

それは事実だった。
少なくとも氷河は、これまで一度も、瞬の代わりのものを欲したことはなかった。
そして、そんな自分を奇妙だと思ったことも。

「今のおまえから見たら、16から歳をとってない瞬はただの子供だろ?」
「ただの子供はおまえの方だろう」
氷河に、それこそ子供をあやすような口調で言われ、28のいい大人であるところの星矢が、“子供”だった頃の彼そのままの表情で、ムッとなる。

「星矢。氷河に何を言っても無駄だ。氷河は、瞬以上の女が出現したところで、瞬でないのなら愛せないと言っているんだから」
そこに、紫龍が初めて口をはさんできた。

暖簾に腕押しの氷河に突っかかることの愚を悟ったのか、星矢が今度は紫龍に向かって呟く。
「でも――瞬は死んだんだ」

それから、星矢は、少しだけ大人の口調になった。
「瞬が死んだのは、俺たちのためだったと思う。俺たちに幸せになってほしかったからだと思う。俺には、今のおまえを見て、瞬が喜ぶとは思えない」

『俺たち』イコール『人類』イコール『氷河』。

そんな方程式を、自然に自身の内に成立させていた瞬の微笑を、氷河は切なさと共に思い出した。
そして、言った。
「俺は、瞬を喜ばせるために瞬に惚れたんじゃない。俺は、自分のために──俺自身が生きていくのに、それが必要だったから、瞬に惚れたんだ」

それほどに人の愛し方が違う二人が巡り会い、求め合えたことが、奇跡だとさえ思う。
奇跡の時は短く、そして、だからこそ、それは、永遠の時を内包していた。






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