神の配偶者 II






その場で主に言葉を発しているのは、神官たちの長と2人の古参神官だった。
神殿でのほとんどの事柄の決定がこの3人の協議で為されることを、シュンも、昨日まで新米神官たちの世話をしてくれていた者から聞いていた。

彼等より一段高い席についている金髪の若い王は、神に関わることに口出しをする気がないのか、幾分うんざりした顔で、彼等のやりとりを聞いている。

幼い頃からの友人の一大事なのに、この無関心の様はどういうことなのだろう――と、シュンは落胆しかけた。
ヒョウガはもう、古い友人のことなど忘れようとしているのだろうか、と。
しかし、まもなくシュンにも、ヒョウガの気のない態度の訳がわかってくる。
ヒョウガのうんざりした様子も無理からぬことではあった。

「問題は、神官の身分をどうするかだ」
「つい2日前のこととはいえ、神に、俗世のあらゆる喜びを捧げる誓約をしたわけですし」
「しかし、神の配偶者に地味な神官服など着せておくわけにもいきますまい。それこそ、神への不敬に――」

王権に匹敵する力と富を持つ神殿の最高責任者たちが難しい顔をして話し合っているのだから、それはさぞかし重要な教義上の問題について語っているのだろうと思っていたのに、よくよく聞いてみると、彼等が話し合っていることは、つまり、シュンにどんな服を着せるかという、実に馬鹿げた問題だったのだ。
一応、シュンの立場の特殊性が、その話し合いの根底にあることはあるようだったが、しかし、この場合、そんなことがどれほどの問題だろう。

「神官長様、そんなことより、なぜ僕が――」
そんなくだらないことよりも、もっと別のことを――できれば、神の配偶者の変更を――考えてほしいと思いつつ、シュンは、恐る恐る、神官たちのやりとりの間に入っていった。

「神のご意思に逆らうことは許されない」
しかし、シュンの言葉は、あっさりと、ただの一言で神官長に切り捨てられた。
それは、彼等にしてみれば、シュンの身に着ける衣服ほどにも重要な問題ではないらしい。

「でも、僕は――」
「神々が少年を所望することなど、よくあることだ。愛の女神イシュタルは、同性同士の愛にも祝福を与えてくださる」
「ですが、ナブ神は――」
天と地の調停役であるナブ神が、少年を好むなどという話はついぞ聞いたことがない。

「そんなことは気にしなくていいのだ。とにかく、我等は、神のご意思に従うことが何よりも重要なのだから」
「…………」

『従ったように形式を整えるのが』の間違いなのではないのかと反駁したくなる自分自身を、シュンはかろうじて抑え込んだ。
神の聖域である神殿の運営の実際を垣間見てしまったような気がしたシュンが、少々の失望と共に、小さな溜め息を洩らす。

ふと、王の座についているヒョウガを見ると、つい先程までうんざりしたていでいたヒョウガの表情は、今はなぜか、ひどく楽しそうなものに変わっていた。
それは、幼い頃から長く付き合ってきたシュンにしか読み取れないほどの変化ではあったが、確かにヒョウガは今、楽しそうに笑っている。
妙なことだとシュンが首をかしげた時、際限なく続く無益な問答に飽いたと言わんばかりに、ヒョウガが口を開いた。

「もう話し合うこともないことだろう。一介の神官と、神の配偶者とでは、明確に地位の上下がある。下の地位にあった時の立場など考慮する必要はない。この者は、神の配偶者に選ばれたんだ、神への貢物なんかじゃない。王である俺よりも、形式的にはお偉い・・・ことになる。聖籍から除き、神官でなくしてしまうのが妥当だろう。神の配偶者としての2年を終えた後、仮にも神の配偶者だった者に、他の新米神官と同じように下働きの務めなどさせるわけにもいかないだろうからな」

ヒョウガの主張に難癖をつけられる部分を見付け出せなかったのか、神官長は、短い躊躇の後、もったいぶった様子で頷いた。
「……王の言う通り、聖籍から抜くのが妥当だろうな。それで、いくらでも飾ることができる」

「これで、どんな贅沢も思いのままだ、よかったな」
くだらない問答に費やす時間より、その結論だけに意味があるのだと皮肉るように神官たちを無視して、ヒョウガはシュンに告げた。

「――と、これは、神の配偶者に対して失礼か」
そう言って、ヒョウガが、高座を下り、シュンの前に歩み寄ってくる。
大仰な素振りでその手を取る振りをして、ヒョウガは、
「2年間、退屈を我慢しろ」
と、シュンの耳許に囁いた。

途端に、3人の神官のうちの1人が、シュンとヒョウガの間に割って入り、シュンに触れていたヒョウガの手を払いのける。
「俗人が、神の配偶者に手を触れることは許されません!」

その剣幕に大袈裟に驚いてみせてから、ヒョウガは、肩をすくめて、もう一度楽しそうに笑った。






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